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息子がたまに本当のお父さんに会えたらなんていうか?
自分が父親になったら
子どもに自分の名前と
相手の名前をつけるといっていて
自分の罪の重さに
自分を殺したくなるよ
ても彼が犯した罪を
私は忘れない
その罪が息子から父親を奪う
免罪符になるわけじゃないけど
正しさはいつだって
日によって変わる
今日は偏食の息子がはまぐりのバター焼きを食べてくれた。
良かったな。、
卒業式が近くなっている。
お父さん お母さん
今まで育ててくれてありがとうってある。
ママ、何もしてないよっていったら
充分すぎるほどしてくれるよって。
僕ができないときはママがフォローしてくれるし
ママができないときはフォローするし
お互い様って言ってくれた。
そしてパパは?(なにしてくれてるの?)って言われて黙ってしまった。
笑えばよかった
笑えなかったよ
できたら、支えてくれた家族のみんなっていうのはダメなのかな
毎回傷ついてばかりで
傷つくような、環境においてごめんね
10年以上の月日が経って
なにかしなきゃって思うけど
私はもうなにかを決断することができない
怖くて
また間違えたら
今も間違えてるのでは
正しさなんてわからないよ。
わかってるのは私の不確かさだけで
いつか私の人格は消えてしまうんじゃないかって感じてる
だって
あの日の苦痛を紛らわせて痛みを感じないようにって
そうして生きてきたから
