物語風に書いてみました。 風の道を走り抜けたその先に。
※上手か下手かを見ずにお読みください。色付枠内がお話となっています。
走るのが好きな小学生の女の子。
彼女は、近所にある一直線の道を見つけると、いつも風を切って思いっきり走っていました。
そこを走ると、体いっぱいに心地いい風に包まれて、とても気持ちが良くなるからです。

時は流れ、走るのが好きな小学生の女の子が大人になった昨今、その懐かしい一直線の道の側を歩いていた時、
一人のおだやかな笑顔のおじいさんに話しかけられました。
同じ土地の空気が流れるその場所で、おじいさんはしみじみと言いました。
「ここはすごくいい風が吹いて、気持ちのいいところなんだよ。」
その言葉を聞いた時、彼女の心の中には、いつもこの道で感じていた走る喜びが、
懐かしい温かさとなってブワッと広がりました。
※ ↓場所はイメージの写真として掲載。物語の道とは異なります。

昭和25年(1950)に描かれた↑ 日本画家の東山魁夷の代表作「道」 は、青森県八戸市の種差海岸(たねさしかいがん)に並行して走る現在の県道1号線がモデルです。
目の前に広がるのが中須賀(海岸)です。緩やかな起伏のあるこの辺りは「花の渚」と呼ばれ、海浜植物と高山植物の両方が観察できる、種差海岸に平行する海岸沿いで最も野草が見られる場所となっています。
車で何度も走ってる大好きな道は、何度走っても素敵なのです。明るい気持ちになる道。
ここは毎年5月に開催される、八戸うみねこマラソン全国大会のコースになっています。
日本画家(風景画家)の東山魁夷(ひがしやま かいい)の代表作「道」の漂柱が立っています。

海岸沿いの景色(海)を観ながら車でゆったりと走れます。何度癒されたことだろう。
昔、父から貰った貝殻を今も2つ持っていて、大きな貝殻🐚の方を手に取ってみた。
「耳に当ててごらん。波の音が聞こえるから」と父から言われ耳に当てると、ザー、ザー。。本当に波の音が聞こえてきた。
そんな感動だった懐かしい貝殻を耳に当ててみると。。あの楽しかった音は聞こえてはこなかったのだけど。。
もう一度当ててみたら記憶の波の音が?微かに聞こえたような気がして、とても優しい風が流れてきた🐚
時はあの思い出の日へと。
大好きだった小学校の運動会。
そして、運動会の前日の日。
いつも仕事で忙しく、なかなかゆっくり話す時間のないお父さんが、笑顔で話しかけてきました。
お父さんは、ゆったりとした面持ちで、明日の運動会を控えた女の子にこう言いました。
「明日はいよいよ運動会だな。1位か2位を取るんだよね?頑張れよ。」
いつもは忙しいお父さんが、速く走ること(自分の足の速さ)を信じて応援してくれている。※余談 言葉の伝え方が難しい=足の速さ
そのストレートな言葉が嬉しくて、でもなんだかすごく照れくさくなってしまった女の子。
女の子は恥ずかしそうにはにかみながら、答えました。
「うん。」
顔を赤くしながらも、お父さんの応援をしっかり心に受け止めた女の子。
あの一直線な道で感じた心地いい風を味方につけて、明日は絶対に全力で走りきろうと、胸の奥で静かに誓うのでした。
快晴の運動会当日。お母さんが(母が)笑顔で応援に来ているのを見つけました。

(※運動会のお弁当って美味しかったよね)
徒競走で「1位」の賞状をもらう。女の子は、そう心に決めていたのです。
白組の白いハチマキのすそが風に揺れています。
「位置について、よーい……」スタートの音に神経を集中させました。
「パアン!」
高い号砲が響きわたり、一斉に勢いよく飛び出しました。
しかし、そのすぐの事でした。
すぐ隣を走る子の足?か何かが足元でドン?と引っ掛かった?のです。
「あっ……!」
一瞬のことで、何が起きたのか分かりませんでした。
前を見ると、他のランナーたちは先を走っていて、さらに隣を最後のランナーが走り去っていきました。
「私(女の子)、転んだんだ。」(転ばされた感じはしたけど、何が何だかよく分かりませんでした。)
とにかく走らなきゃ!
すぐさま起き上がり、走り出します。
とにかく今すぐに。
急に
ワーッという声が聞こえてきました。
「速いです。速いです。どんどん追い抜いていきます。頑張れ頑張れ白組。」
「白組速いです。速いです。」「頑張れ!白組。」
放送局から、周りから応援の声が聞こえてきた。
風をきって走ったよ。ゴールまでただ駆けぬけるだけ。ゴールが見えてきた。
赤組、1位でゴール。
青組がその後ろを続いていて、女の子は青組のすぐ真後ろにぴったり追いついた。
青組2位でゴール。
白組の女の子は、ほぼ2位と一緒に3位でゴールを駆け抜けた。

3位だったけれど、女の子は気持ちよかった。
なんか、風をきり走ったことがとても気持ち良かったんだ。
みんなの温かい応援も。ゴールまで心地よい風の中で走ったことも。
なぜか1位や2位を取るよりも、ずっと嬉しくて。
レースを終えて戻った女の子を、ずっと見守って応援していたお母さんは優しい笑顔で迎えていた。
「頑張ったね。」
受け止めてくれる声も温かかった。
そこで、女の子は転ばされたことを知ったのだけど、、、
それで1位になるよりも、女の子は3位で良いという体験ができて、これで良かったんだと感じたよ。
今回の3位は、自分の中では1位だったから。この3位が、最高の感動の3位でした。
清々しかった3位を胸に、家に帰る。
玄関の戸を開けると、家の中にお父さんがいました。
おかえり。運動会はどうだったんだ。
と笑顔の父を見て、女の子は急に言葉に詰まってしまった。
「約束を破ってしまって怒られるかもしれない。」
という不安が胸をよぎり、身構えるようにうつむいて、もじもじしかできない。
するとずっとレースを近くで見守っていたお母さんが、すかさず横から口を開いた。
「お父さん、この子ね。途中で他の子に足を引っ掛けられて、転ばされちゃったの。一度はびりまで落ちちゃったんだから。」
続けて
「でもね」とお母さんは話を続けた。
「そこからすぐに立ち上がって、もの凄い勢いで皆を追い抜いたのよ。それでね。ちゃんと3位の賞を取ったんだから。」
お父さんは、一瞬ビックリしていたけど、すぐに
「そうか、、、よく頑張ったな」とほほ笑んでくれて。。
怒られるかもしれないと思っていたのに、お父さんの優しい目を見た瞬間、言葉をたくさん交わさなくても
「私の気持ちがちゃんと伝わっている」と感じた。
1位や2位という数字の結果ではなく、理不尽なアクシデントに負けずに、最後まであきらめずに走った私を、
何よりも分かって私自身を見てくれたんだ。
そんなお父さんの温かさが誇らしいというか、とても嬉しくなった。
微笑んでくれた、深い嬉しさとお父さんへの尊敬の気持ちが胸いっぱいに広がった。
もちろん、お母さんへの尊敬の気持ちもいっぱいだった。
これは、大人ではなくて、、、
子供だった、小さかった頃の女の子が、なぜかとても感動したというお話でした。
(小さな女の子の目線で書いています。)
小さなことでも1位を取ることは、とても喜びや自信につながります。
是非とも体験したいことの一つでもあります。
ということもお伝えした上で、
違う角度で観た時の、違う場面の時もあるというお話でした。
もしかしたら今、誰かの心に必要なお話かもと思い、物語風に書いてみました。
いつかあなたを支えることがあるかもしれない、
あなたにはあなたの感動があるでした。
もう、前を向いて今を歩いていくとき。
そう、一直線の道の側で出会ったおじいさんが、風の道で教えてくれたのかもと大人になっている彼女は感じました。

人それぞれの思いがある。
表面ばかり見てる人ばかりではなくて、あなたを分かる人(大切に思う人)もいるんだよ。
わたしも子供の頃に思ったことを、継続更新しながら来たので、また歩いていこうと思っています。
もう少し、(物語風の)伝え方を上手に、感動的に書きたい所でしたが、、、
(今回のブログ記事として)短くまとめてみました。
書く機会がこの先あるか?ということであえて今、物語風にして書くことにしました。
一番にならないと意味がない。という気持ちで上を目指すことも必要なことだとは思います。
このお話は全員の方には当てはまらないかと思いますが、もしも伝わる方がいたらと思い載せてみました。
読んでいただき、いつもありがとうございます。
物語風に書いてみたかったでした。
今回も好きに書いてしまいます。
動物の本能という話にいきなり変わります。
私の不思議なことの一つって、動物の本能なのかなと思ったことがあります。
強くそう思ったのは、昔、人生で一番と言っていいほどの大変な事があり、不思議なこと(話は省略)があった時です。
その時に、ふとその時感じとったことや出来事は…これって動物の本能なんだと感じた記憶があります。
人間が生きていく上での防衛本能というもののようです。瞬時に脳が今までのいろんな記憶を集めて感じる情報。
本当はもっと複雑だけど、簡単に文字に直すと、予感や直観という言葉がありますね。
生きていく上での防衛本能と同じのようです。
今回このブログを書くうえで、いろんなことを感じてしまい、少しばかり繋がっていると思いました。
※ちなみに、私は何か特別なことができるんだとかではないのですが。
人間にはこんなことがあるらしいよ。という感じで読んでください。長いけど。
AIよりお言葉をお借りしました。(参考程度にしていただければと思います)
※直観は脳の超高速なデータ処理の結果でスピリチュアルではないと書いておりますが実は、下記の動物の本能、霊感、スピリチュアルともいうものでもあるとの記載もあります。
「直観」やひらめきは、脳内の膨大なネットワークが一瞬でシンクロし、微弱な電気信号が爆発的に伝わる現象です。
スピリチュアルなものではなく、脳の超高速なデータ処理の結果であることが科学的に分かっています。
1. 直観の正体は「超高速のパターンマッチング」
脳には、過去の経験、見た景色、感情などの膨大な記憶が「神経ネットワーク」として保存されています。
何かを見た瞬間、脳の電気信号がその巨大なネットワークを秒速数十メートルという速さで駆け巡り、過去のデータと一瞬で照合(パターンマッチング)します。
このとき、意識(大脳新皮質)が「なぜそう思ったか」を論理的に分析するよりも早く、脳の奥深く(大脳基底核や扁桃体)が答えを弾き出します。これが「理由はわからないけれど、なんとなく分かる」という直観の正体です。

2. 微妙な電流(脳波)のシンクロニシティ
脳の神経細胞(ニューロン)は、常に微弱な電流(脳波)を発して情報をやり取りしています。直観やひらめきが起こる瞬間、脳内では以下のような電気的な変化が起きています。
- ガンマ波(約40ヘルツ)のバースト:
ひらめく直前の0.3秒間、脳の視覚野生がリラックスした状態(アルファ波)になります。その直後、脳の異なる領域の電流が完全に同期し、高周波の「ガンマ波」が激しくパチパチと発火します。離れた記憶の断片が、電流の同調によって一瞬で結びつく瞬間です。
- アセチルコリンの放出:
直観が働くとき、脳内ではアセチルコリンという神経伝達物質が分泌され、電気信号の通りをスムーズにして集中力を高めます。
3. 「虫の知らせ」や「嫌な予感」の電気信号
動物的な危険察知の直観は、前述の「扁桃体」が主導します。
目で見ている意識(視覚野)を通さずに、網膜から入った光の微弱な電気信号がダイレクトに扁桃体へ送り込まれます。そのため、脳が「危ない!」と電気信号で体に指令を出す方が、意識で「ヘビがいる」と認識するよりも早くなります。
⇧以上AIよりでした。
人間が生き残るために何万年もかけて育ててきた「心を守る仕組み」や「相手の心を察する鋭いセンサー(野生の力)」が、私達に不思議な体験をさせていることもあるようです。
いつもではなくて、こういう時って、、重要なことがある時に多いのではないでしょうか。
つぶやき…まだまだ?マークがつくけれど。。
不思議なことがある都度、疑問の繰り返しとなると思いますが。
いつでも真心が大切なんだと改めて思う今日この頃です。。。。
今回は、動物の本能と書きましたが、もう少し違う言葉で書くとしたら、動物の本能と理性も備わっている。
っていうことでしょうか。
100%、相手を分かることはできません。真心をもって意思疎通することは大切だなと思います。

脳からは微弱な電気信号があり、近くにいる親しい人の脳に伝わる、真似る性質など、シンクロもするようです。
目には見えないけれど、人間がコミュニケーションを取る時にお互いの脳の中で同じような電気が流れることがあるなど。
脳のものまね細胞(ミラーニューロン)、言葉で言われなくても相手の心の中が「コピー」されて伝わる仕組み。
と言っても、
心の中は普段は見えないので誤解が生じないように、敬い言葉で伝えあうことはやっぱり必要ですよね
↓懐かしいなと思う写真を発見また参拝に行きたい。まだまだ先になりそうです。

そして、「腑に落ちる」という言葉があるように腸にも、脳と同じような神経ネットワークがあるようです。話が長くなるのでここまでにします。幸せホルモン「セロトニン」は腸でつくられるとか。肝が据わる。腹が立つ。など脳と腸は密接は繋がりがあるようです。
私も詳しいわけではないので、詳しい方からみたらお粗末だとは思いますが、気になったので伝えてみました。
きっと、まだまだ解明されていないことが近いか遠い未来に、もっともっと多くの事が明らかにされていくかもしれないですね。
限定はなく、本当はいろんなところが私達を支えて、補いあっている一つ一つが大切な細胞、からだ。
一人一人が大切な命だということを忘れずに、ありがたさを忘れずに。
色んな(感情の)時もあるかもしれないけど、その都度乗り越えて想い合えたなら。
今ある幸せを感じて、ゆったり進んでいく。
コメント
この物語は、私自身の思い出でのはなしです。
この世での感動はその人が感じたことで、全く同じというものはありません。
感動はその人が感じた感動でもあるので、それが誰かの物語になるんだということはありません。
ただ、なにか感じるヒントになればいいなと思います。
競争することのない、あなたの感動を大切にしていけたらと。
あと一つ書きたいことがありました。
金粉の話になります。
どこからか金粉が降ってきた。ということはよく聞く話で本当かどうかまでは分からないのですが、
昔、「金粉などの副産物には惑わされてはいけない」と見聞きしたことがありました。

もしもそういうことが、仮にあったとしても、、、不思議だな・なんで?と思っても、
金粉が降ってきたことが大切なのではなくて。。。
心や精神の方を大切にしなさいということだと、私は受けとりました。
想い合う気持ちや敬う心の方を大切にしていくことが大事なんだと。
そんなことを、思い出しました。
もちろん、金粉が大切な思い出の宝物なら金粉も大事にしていいと思います。
大切なのは、もっと違うところにあるのだと。
でも、綺麗なキラキラが降ってきたら、綺麗だなって嬉しかったりするよね。
雪がキラキラして綺麗なように。桜の花びらがひらひらと舞うように。
なにげないひと時の大切さの中で。
楽しんでいけたなら。

八戸の風景の一部
なにか、書き忘れたような?
そう、長らくブログをお休みしていましたが、新しい職場で仕事を覚え慣れることに専念しておりました。
まだまだ慣れるのに時間が必要みたいです。
自分の事も大切にしながら、ブログは無理せずにゆったりと書いていけたらいいなと思っています。
ブログでは伝えられないことを違う形でもいいから、なぜかブログで伝えたかったようです。
ブログでは書けないから、どうにかしたかったけど、
もう証明は必要ないし、その人自身が幸せを思い描いて歩いていけたらいいのではないかと思います。
何が言いたかったかというと、「きっと幸せになるための本能をあなたは持っている」でした。
ちなみに、私は何か特別なことができるとかはないのですが、
皆と同じく、想いをもって生きている一人です。
なにげない毎日の中を歩いていく中で、また一つ、また一つと大切なことを見つけに私はただ歩いていきたい。
文章が長すぎたようです。
読んでいただきいつもありがとうございます。