大きな震災とか、事故とかがあるとすぐに影響されて夢に見てしまう。
ヒデさんと一緒に車に乗り込んで、どこかへ逃げている。途中で知っている誰かを車に乗せ、兎に角遠くへ、と大きな交差点で信号待ちをしていたら前方からとてつもなく大きな津波が見えた。
大きく車を迂回させ、赤信号でも構わず反対方向へ向かってアクセルを思い切り踏み込んだ。バックミラーには真っ黒な津波が大きな口をあけて、次々と車を飲み込んでいく。山の麓で車を捨てて、皆で滑りながら急斜面を登る。頂上についたら、誰かしらないおばさんが真っ白いおにぎりをひとつ、手のひらに乗せてくれた・・・
ここで目が覚めて、なんともいえない気持ちになった。誰かの記憶にシンクロしたか。お尻のしたのチクチクした芝生の感じ、真っ白いおにぎりが美味しかったこと。しばらく布団の中で、息が整うのをじっと待っていた。
この前は、広大な土地で新しい電車に乗っていた。新しいぴかぴかの電車。すごく早くて、たくさん人が乗っている。駅に停車するたびに、人々が吐き出されもっと多くの人が乗ってくる。ふいに、どうしようもなく気分が悪くなり、一旦降りようと家族に伝える。私は小さな子供だった。ハンカチを口元にあてて、じっと吐き気と戦ううちに、電車がプラットホームからするすると去っていく。見送ると、大きな橋に差し掛かったとき鉄骨が大きく崩れ、おもちゃのように電車が落ちていった。
小さな女の子が誘拐されて殺されてしまったときも、同じようにリアルに夢をみた。あれはちょっと描けない。もうこの世にいない死刑者の、あの興奮した血走った目。どうしてこんなに夢ばかりみるんだろう?
当たり前のことを当たり前にしちゃだめなんだなって思う。思うのに、すぐに慣れてしまう。温かいごはん、屋根のある家、抱き締めてくれる家族、働ける場所。帰るところがあり、泣かせてくれる胸があり、頼ってくれる人がいるということ。
怖い夢ばかりみて、不眠になったときもあるけれど、きっと必要なことなのかもしれない。