小学校時代をさかのぼると、今が全然ダメダメな娘にだって頭が上がらない。
私は、本当に要領が悪く、理解力がなく、自意識だけが高いダメな子供だった。
小学校六年間、友達もたくさんいて楽しかったけど、やっぱり何も出来なかったなあって思う。
まず、先生の言っていることが理解できない。いつもぼーっとしている。
「では、移動しましょう!」
と、気づいたら皆が立ち上がりどこかに行く準備をしていて焦ったこともあるし、授業中手を挙げて質問するなど、考えもしなかったくらいの小心者だった。
今では考えられないけど。
一年生のとき、クラスで着替えをするのが本当に舌を噛みたい位嫌だった。
じろじろみる男子、私たちは学校にいったらまず運動着に着替えなければならなかったので、その苦痛は毎日二回、朝と夕方きた。
ある日母が言った。
「かおり、クラスで一番着替えるのが遅いんだって?」
私は先生を恨んだ。「違うよ、ちーちゃんだって遅いよ」
母は諦めたように笑った。「まあ、あんたは三月生まれだからねえ」
三月生まれの私は、クラスでもずば抜けて手が遅く、そして人一倍人の目が気になる子供だった。
通信簿を見るたびに母や祖母はため息をついた。そして顔を見合わせため息をついた。「まあ、三月うまれだから」と。
二年生のとき、クラスのみんなで山にそりをしにいった。
前から決めてあったのに、私は手袋を忘れてしまった。
しっかりと防寒し、あったかい手袋をしているクラスの友達。
「かおりちゃん、手袋は?」と聞かれても
「大丈夫、わたし寒くないから」と嘘をついた。
大きな山の麓で、そり遊びは永遠に続くかのように思えた。
指先が真っ赤になって、私はクラスメイトに背を向けてそっと息を吹きかけた。
みられていないと思ったのに、先生が近づいてきて
「しょうがないね」と私の目の前でぱっぱっと手袋を脱いで強引にはめさせた。
先生の手袋は赤い革でできていて、ずいぶんぬれて冷たかった。
じっと手を見る私に
「冷たくても、ないよりはいいだろ」と笑った。
手袋をはめて、先生とそりをした。
クラスメイトとすべるよりもずっと早く、スピードがつくのでちょっと怖かった。
「どう、先生とすべると早いでしょう?」
先生が、得意そうに笑った。
高校のとき、先生にお茶を習いにいった。
「なんにも出来なかったかおりさんがねえ、こんなに大きくなって」
大きく見えた先生が、私よりも背が小さかった。
「手袋のこと、覚えてる?」
稽古が終わって聞くと、「さあねえ?」とにっこりされた。
「あなたはもう、あのころのちいさな子供じゃないでしょう?」
あのころの小さなわたしは、いまでもわたしのすみにいる。
みんなのなかできがえることができなくて、さんすうがとけなくて、いつも誰かがそばにいて面倒をみてくれていた。
ずいぶんと大人になったはずなのに、今でもそっと顔を出してきては私をあのころの教室に連れて行ってしまう。
娘の教室にいって、はいはい!とまっすぐ手をあげて発言している娘をみると、本当に私にになくてよかった、と胸をなでおろしている。