またいろいろ思い出したので書きます。


学生のころ、大きな病院に検査に行った。

日差しがたっぷりある昼下がり、風が涼しくて私は広いロビーで雑誌を呼んで順番を待っていた。


人でごった返すロビー、先生を呼ぶアナウンス。アルコールの匂い。病院独特の雰囲気にやっと慣れていたころ、隣に男性が座った。


明らかに酔っ払っている。


赤い顔をして、ポケットに手を突っ込んでいたがそこにお酒があるのは誰の目からみても明らかだった。


(関らないように、目立たないように)


私は雑誌に集中する振りをした。


ふいに、名前を呼ばれた気がして顔をあげると、そのおじさんと目があってしまった。

おじさんはにっこりしたので、私も会釈した。


「長く待ってるの?」


「いえ、そんなでもないです」


するとおじさんは一方的に話始めた。

「先生がさ、酒やめろっていうんだけどさ、オレはどうしたって(ここを強調した)やめれないんだよなあ、死んじゃうのはわかるんだけどさ」


「はい」


「学生?いいねえ若いのはさ、特に前髪のこのあたりが可愛いね」


「え、前髪?」


「そう、このへん」

おじさんは私のおでこを指差した。

そのあまりの冷たさにびっくりして、思わず「わ、つめたい」というとおじさんは暗い顔をして


「オレはさ、もうじき死ぬんだってさ。病院なのに治せないんだってさ」


なんていったらいいかわからなくて、「でも先生のいうとおり、お酒はやめたらいいですよ」


「なんだって?」
しずくのひとりごと


「お薬とお酒、一緒に飲んじゃだめですよ」


おじさんは黙って私をみていて、そしてふとつぶやいた。


「いいんだ、もう死んでるんだから。」


え、と言葉を返そうとしたら名前を呼ばれた。

年配の看護婦さんがカルテをもって私の隣に立った。


おじさんが看護婦さんに向かって「俺はもう死ぬからいい!酒だって飲んでやる!!」と呷った。

看護婦さんが一瞥し、「もうすぐ順番ですからね」とだけ言い残して私を促した。


色とりどりのテープが貼ってある長い廊下を歩きながら、看護婦さんが言った。


「あの人のこと、見えた?」


「え?」


「すけてなかった?」


私がびっくりして顔をあげると、「さ、ここですよ、服は脱いでね、そこに置いて」と事務的に繰り返し出て行ってしまった。


今なんて言った?すけてなかったか?なんでそんなこと聞くんだろう。


診察を終えて再び会計待ちでロビーに戻り、今度は雑誌も読まずあの看護師さんを探したが、とうとう一度も会えなかった。