ポケットの中にある携帯が震えた。こんな時間に電話をかけてくる知り合いはいない。そっとジャケットのポケットから取り出すと自分の誕生日を知らせるアラームだった。
今日で自分は丁度40になる。40回目の一人きりの誕生日。祝ってくれる人は誰もいない。机の上でざっと教科書を集め、次のクラスの授業をするため席を立った。
自分は高校で国語を教える男教師だ。この高校は二回目の高校だ。
転勤で今度は女子高にいくと聞いたとき、嬉しさよりも早く萎えて心が泡立った。女は嫌いだ。いずれ自分が結婚し家庭を持つことも踏まえながら、自分の目にはドロドロした奥深い訳のわからない生物にしか見えない。以前の教師と飲んだとき、お前いいなあ、毎日女子高生と一緒だろうといったやつと本気で代わってほしかったくらいだ。
教室のドアを開けると甘ったるいパウダースプレーの香りがした。教室の中では同じ制服を着て同じ思考回路を持つ生徒がいるのが見える。まるで幼虫の整列だな。
自分はかなり太っているのですぐに汗をかく。ハンカチを取り出したらくしゃくしゃのままの洗っていないハンカチが出てきた。一番前にいる生徒がめざとく見かけて早くも笑いを堪えている。笑いたければ笑え。フウフウいいながら教科書を開けて授業を始めた。きちんと教えたいという気持ちがなくなったのはいつからだったか。
私は教師の中では甘いので騒いだりしなければそのまま授業を続ける。早くも後ろの席の生徒が小さな耳にイヤホンを差し込んだ。以前カッとなって注意したとき右手が生徒の耳に触り、セクハラだと騒がれてからは見てみぬ振りをすることに決めた。
授業を始めてから、ふいに放送が入って呼び出された。自分に電話らしい。生徒達はわっと騒いでてんでに自分の話をし始めた。隣の教室の迷惑になるから静かにするようにとカタチだけの注意をし、職員室に戻った。誰だろう?急いでたので息が切れる。受話器を持つまでに深呼吸をした。
「もしもし、お電話かわりました」受話器から聞こえる声は、母だった。
「あのねえ、この前お見合いした方いらしたでしょ?あの方がねぇお断りしたいって言うのよ。まったくこっちは忙しかったのにねえ、失礼しちゃうわよね、それにね」
「ねえお母さん」怒鳴りだしたい気持ちを寸でのところで我慢して、周りを憚り早口で答えた。「職場に電話しないでって、何度言ったらわかるんだよ?お見合いの話なんてどうでもいいよ、帰ってからでも聞けるだろう?」
「だってねえ、あんまりじゃないの、もう少しお付き合いするだとか、食事だとかするなりしてから」
「お母さん、ボクは今授業中なんだよ、呼び出すの止めてくれよ、わかったから」
しょんぼりした母の声が、受話器越しに聞こえる。「あんたが40くらいまでには、結婚できたらと思ってたんだけどねえ」
そっと受話器を置いて、ゆっくりと階段を登って教室に戻った。明らかに憔悴したボクをみて生徒の一人が声をかけてくる。「いや、大丈夫、今日はオレの誕生日なんだ。お祝いの電話だったんだ。」
教室からクスクス笑いが生まれ、誰かがふとおめでとう、と漏らした。その途端小さな声で誰からともなくパッピバースデー、と歌い出した。呆気にとられた自分と反比例し声はどんどん大きくなる。歌い終わってから大きな拍手がきた。生まれて初めて誰かに祝ってもらった気がした。その日は集中が途切れ当然授業にならず、放課後顧問の部活を終えて、靴箱をあけたら小さな包みが見えた。
その場でそっとあけると、「センセイ、また来年歌ってあげるね!」と手紙とともに、折り目正しいきれいな青いハンカチが見えた。
今日で自分は丁度40になる。40回目の一人きりの誕生日。祝ってくれる人は誰もいない。机の上でざっと教科書を集め、次のクラスの授業をするため席を立った。
自分は高校で国語を教える男教師だ。この高校は二回目の高校だ。
転勤で今度は女子高にいくと聞いたとき、嬉しさよりも早く萎えて心が泡立った。女は嫌いだ。いずれ自分が結婚し家庭を持つことも踏まえながら、自分の目にはドロドロした奥深い訳のわからない生物にしか見えない。以前の教師と飲んだとき、お前いいなあ、毎日女子高生と一緒だろうといったやつと本気で代わってほしかったくらいだ。
教室のドアを開けると甘ったるいパウダースプレーの香りがした。教室の中では同じ制服を着て同じ思考回路を持つ生徒がいるのが見える。まるで幼虫の整列だな。
自分はかなり太っているのですぐに汗をかく。ハンカチを取り出したらくしゃくしゃのままの洗っていないハンカチが出てきた。一番前にいる生徒がめざとく見かけて早くも笑いを堪えている。笑いたければ笑え。フウフウいいながら教科書を開けて授業を始めた。きちんと教えたいという気持ちがなくなったのはいつからだったか。
私は教師の中では甘いので騒いだりしなければそのまま授業を続ける。早くも後ろの席の生徒が小さな耳にイヤホンを差し込んだ。以前カッとなって注意したとき右手が生徒の耳に触り、セクハラだと騒がれてからは見てみぬ振りをすることに決めた。
授業を始めてから、ふいに放送が入って呼び出された。自分に電話らしい。生徒達はわっと騒いでてんでに自分の話をし始めた。隣の教室の迷惑になるから静かにするようにとカタチだけの注意をし、職員室に戻った。誰だろう?急いでたので息が切れる。受話器を持つまでに深呼吸をした。
「もしもし、お電話かわりました」受話器から聞こえる声は、母だった。
「あのねえ、この前お見合いした方いらしたでしょ?あの方がねぇお断りしたいって言うのよ。まったくこっちは忙しかったのにねえ、失礼しちゃうわよね、それにね」
「ねえお母さん」怒鳴りだしたい気持ちを寸でのところで我慢して、周りを憚り早口で答えた。「職場に電話しないでって、何度言ったらわかるんだよ?お見合いの話なんてどうでもいいよ、帰ってからでも聞けるだろう?」
「だってねえ、あんまりじゃないの、もう少しお付き合いするだとか、食事だとかするなりしてから」
「お母さん、ボクは今授業中なんだよ、呼び出すの止めてくれよ、わかったから」
しょんぼりした母の声が、受話器越しに聞こえる。「あんたが40くらいまでには、結婚できたらと思ってたんだけどねえ」
そっと受話器を置いて、ゆっくりと階段を登って教室に戻った。明らかに憔悴したボクをみて生徒の一人が声をかけてくる。「いや、大丈夫、今日はオレの誕生日なんだ。お祝いの電話だったんだ。」
教室からクスクス笑いが生まれ、誰かがふとおめでとう、と漏らした。その途端小さな声で誰からともなくパッピバースデー、と歌い出した。呆気にとられた自分と反比例し声はどんどん大きくなる。歌い終わってから大きな拍手がきた。生まれて初めて誰かに祝ってもらった気がした。その日は集中が途切れ当然授業にならず、放課後顧問の部活を終えて、靴箱をあけたら小さな包みが見えた。
その場でそっとあけると、「センセイ、また来年歌ってあげるね!」と手紙とともに、折り目正しいきれいな青いハンカチが見えた。