暮れや正月や、何かのお祝いの席で、お酒をのんで顔を赤らめながら、おじいちゃんは何回も同じ話をした。
まだ4歳の私と、電車に乗り埼玉の親戚の家に行ったときの話だ。
「お前がまだ・・・三歳か四歳くらいだっけかなあ。二人で電車に乗って、埼玉に行った事があったんだよ。」
もう何十回も聞かされてきた話なので、周りは「また始まった!」と笑いながら目配せして、おじいちゃんの話を聞くのだ。
「向かい合わせに乗り合わせた田舎のおばちゃんたちが、弁当を広げて食べ始めたんだよ。こ~んな大きなおにぎりで、薫があんまりにもおにぎりをじ~っとみてるからなあ、おばちゃんが「食べるかい?」って一個分けてくれたんだよ・・・」
私の脳裏に、うっすらと蘇る大きな黒い、丸いおにぎり。いいにおいがして、欲しかったんだけど、半分も食べられなかったんだ。ちゃんと覚えてる。おじいちゃんはお返しに、家の柿をおばちゃんにあげたんだ。四角くっておおきな柿。おばちゃんたちは、「こんな大きくて美味しい柿は初めてだ、と言っておじいちゃんにお礼を言っていた。
「それでなあ、乗り換えてほっとしたらな、退屈した薫が他の車両に行って、お姉さんとなにやら話してるな~って思ったら、でかい声で歌を歌いだしたんだよ。そして「今度は、お姉ちゃんが歌って」って言って、お姉さんが「私は、あんまり歌が上手じゃないのよ」っていうんだよ。俺は恥ずかしかったよ。お前は覚えてねえか?」
覚えてるよ、ちゃんと。私が得意気に歌ったのは、幼稚園で教わった歌だった。おじいちゃんが、恥ずかしそうに私を連れて帰るのも、ちゃんと覚えている。
私の話を何回もして、その度に嬉しそうに笑って、それからまた次に親戚が集まったらその話になる。
懐かしいけど、もう聞けない。
私の娘二人も、赤ちゃんの頃からおじいちゃんが大好きだった。
あの優しい笑顔は、人見知りしていた頑固な娘も和らげるほどだったんだ。
誰かの心に、笑顔を残して、この世を去ってゆく。
おじいちゃんらしいなあ。
おじいちゃんちにいくと、帰りは必ず真剣な顔で「気をつけて帰れ」って言った。
それまでニコニコ笑ってたのに真剣に。
おじいちゃんが亡くなった時、そのことを真っ先に思い出した。
おじいちゃん、神様のところへ、気をつけて帰ってね。
神様があきれるくらい、あのとき胸を張って歌を歌った四歳の私の話をしてね。
