1週間前、祖父が亡くなりました。
97歳で大往生な歳です。


1年2ヶ月前に大動脈解離で倒れ

今まで生きてくれたことはすごいことです。



でも死因は大動脈解離ではなく

脳出血でした。



脳出血で搬送される前日まで

自分で新聞も読み、食事もしっかりしていたのに。



祖父は、生きることに強くこだわった人だったと思います。




90歳を越えてからも働き続け

なんど骨折しても痛いとも言わず回復して帰って来たし、大動脈解離からも生還して



戦時中には満州で過酷な時代を生き延びて



どんなに苦しくても耐えるから、まだ生き続けたいと思っているのを感じました。



特に大動脈解離のあとは、死を間近に感じるようになり、強かった祖父が『死んだらあんたらにも会えんなるんよ…』と泣くようになりました。



既に亡くなっている父方の祖母も長生きでしたが

身体が苦しいときは『もう楽になりたい』と時々言っていたし



まだ生きてくれている96歳の祖母も

将来、死があることを認めていて

苦しい思いをするのは嫌だと

そんな風に感じる事があります。

(祖母は、コロナ禍で施設から出る許可が出ず、祖父の通夜にも葬儀にも出る事ができませんでした。)



曾祖母は

私が中学生のとき、亡くなる前に

『泣いたらだめや。大往生や。おばばが死んだら太鼓叩いて祝ってや。』と言いました。



でもおじいちゃんは

そういうのなかったし

苦しみには耐えるからまだ生きていきたいと願い続けていたように感じます。







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祖父が搬送されてから

たくさんの決断がありました。



本人が喋ることのできない状態で

その人の命を決める決断がある。



母や叔父の決断は、本当は祖父の意思と違ったんじゃないか?

まだ生きて欲しいと願ったのは私のエゴなだけだったのか?

今も考えてしまいます。



どちらにしても孫のわたしは

ただただ大好きなおじいちゃんが居ないという現実が嫌で、悲しくなってしまう。



『マミイちゃん、しょうがないんよ。笑っとらなだめなんよ。』とおじいちゃんが言ってる声が聞こえてくる気がします。






危篤の知らせを受けたとき、

PCRを受けたら面会してもよいと病院から許可をもらったのに



旦那さんのワクチン接種を2日後に控えていたため、会いに行くのを躊躇してしまった…



だってワクチン(アストラゼネカ)、なかなか予約出来ないのにこの日を逃したチャンスがなくなる!

旦那がワクチンを打ちに行く間は私が子どもたちの世話をしなきゃなんないし…



それがなければ生きてるうちに会えたのに

間に合いませんでした。



『夏休みに絶対会いに行くから元気でいてよ!』と言ってあったのに会いに行かなかったな。会いに行けばよかった。



手紙もそろそろ書こうと思ってたのに、死んじゃった。早く書けばよかった。




今はコロナで人は少ないんだけど

それでもたくさんの人が来たし

田舎の葬儀は時間も長くて

地域のしきたりも

お寺とのやりとりも多くて

葬儀のあとも色んな事があり

東京と石川を行き来し(PCRしてから行ってます)

ほんと疲れた。



結婚式でスピーチをしたことはあっても

葬儀という式でマイクを持ち祭壇に向かい

参列客に背を向け、棺を前にして、返事も拍手もない相手に話をしたのは初めてです。 



そういえば私の結婚式は

お色直しのあと

おじいちゃんと腕を組んで歩いて入場したんだった。

この間たまたまその写真を見つけて

次におじいちゃんに手紙を書くときに同封しようと思ってたのに、おじいちゃん死んじゃった。

やっぱり早く手紙書けばよかった。



おじいちゃんが居ない事実が悲しいです。

97年も生きることができた人なのに贅沢……と思われるかもしれないですが



ひとつの人の命には

生きた長さに関係なく

その存在に

深い深い意味と歴史があって



その歴史が終わるとき

深く深く悲しいです。



40歳になったBBAのマミイだけど、

おじいちゃんに会いたくてゴネる5歳児と変わらないと思う。



父方の祖父は

わたしが5歳の時に亡くなって

よくわからないけど悲しくて

泣いてた記憶があります。



今は5歳のときより、こっそりゴネる術があるだけ。



40年も祖父がわたしの人生に居てくれたこと

40年もわたしが祖父の人生に居られたこと

どちらも幸せなこと。



孫だからこそ

ただただ悲しむことが出来るのかもしれません。



おじいちゃんは

強くて優しくていつもかっこよかった。



お坊さんが言ってました。

人生が2度ある人はいますか?

人には平等に与えられたものがあります。

必ず死ぬということです。



ブログを読んでくださる方々も

大切な人の死を経験されていると思います。

こんなのを何度も繰り返して自分の番まで生きていくのですね。

そして病気と向き合い、自分の命や家族のことを考えながら生きていたりもします。



みんな

マミイめ、ガキんちょだな…と思うかな。

でもほんと、自分でもそう思う!



好き嫌いの多いマミイに

『好き嫌いせんと何でも食べんとダメやよ。おじいちゃんはなんでも食べるからどこも悪いとこないんよ。満州におったときは蛇もネズミもご馳走や〜って喜んで食べたもんや。』とよく言ってました。



小さい頃からも、大人になってからも、帰省の度に言われました。おじいちゃんもおばあちゃんも孫に何でもたくさん食べさせたがるからな。



だから火葬場でおじいちゃんが骨になるのを待つ間に出たデッカいお弁当は、ひとつ残さず全部食べたから!



おじいちゃーん、会いたいよー!!