こんばんは
前回のブログは
祖父が大動脈解離になり、もう危ないとお医者さんにも言われ親族に連絡が来た後でした。
おじいちゃん、なんと‼️
今も頑張ってくれてます‼️
96歳です。
青少年義勇軍として満州へ行っており戦争を経験しているような年代で
大往生と言われる歳です。
遠方から祖父の息子達もかけつけました。
私はビデオ通話ができましたが、
話すのも目を開けるのもやっとで
笑顔でおじいちゃんに声をかけながら涙が止まらなかったけど
そんな状態のおじいちゃんですが
つらそうにしながらも
『食べな力がつかん』と言って
スプーンで食事を口に運んで欲しがり
苦しそうにしながらも食べています。
食べないと力がつかない?!
誰もがもう危ないと思って集まりましたが
おじいちゃんは
食べて力を付けて、元気になる気でいる‼️
96歳という年齢で大動脈解離…
でもおじいちゃんの意気込みを見ていたら何とか頑張ってくれる気がしてきています。
数日前には、朝5時に看護師さんから母に
『せん妄がひどくなっています。
重篤な状態なので病院に来て下さい。』
という電話がありました。
そのあと落ち着いて
前の夜は、手を縛られたらしく
『今まで悪いことしてこなかったのに
縛られて、人権侵害だ』と怒っていました。
私は30代で癌になって、癌宣告された頃は
(現在は元気に経過観察のサバイバーです!)
大往生と言われるくらい生きられることが羨ましくて
かなり年配の方をみると、かっこいいなと思いました。
それまでは、いつか私もおばあちゃんになっちゃうのかな…
という風に思っていましたが
私もあんな風にシワシワのおばあちゃんになるまで苦難も乗り越えて生きたいなとすごく思いました。
96歳まで生きられたなら贅沢だなと思っていたけど
おじいちゃんにもっと長くいて欲しいと思ってしまう。
コロナで面会ができないので私は帰省せず
連絡が来てから毎日手紙やはがきを出していました。
96歳の人が大動脈解離で苦しんでいるときに
早く元気になってね
とか
がんばってね
とか
そんな声をかけるのは、どうなのかな
そんなことを言ったら苦しいんじゃないかなとか
がんばるんじゃなくて、おだやかに過ごせるような声をかけるべきなのかなとか
どんな言葉をかけるべきなのか毎日考えています。
会えて面会ができたら、手を握ったりできたけど
手紙を書くとなると
なんだかはっきり言葉にしないといけなくて
考えてしまいます
面会できないけどおじいちゃんのことを想っていて
つらくないといいなと思っています。
数日前、せん妄がひどく重篤だと病院から電話が来たときに母が病院からラインのビデオ通話にしておじいちゃんを映してくれました。
目も開いてなくて話もできませんでした。
心配で涙が混じるビデオ通話……
…だったはすが
なんと、焦って喋る母の手元が狂って
顔認証スタンプにしちゃったらしく
母の顔がオッサンに!
『え? 何?? 私、ヒゲはえて眉毛が…!!!』と使い方を知らない母はパニック。
重篤で危ないと病院から呼び出さている中の
わずかな面会中に笑いが止まらないというなんともおかしな件でした
おじいちゃんに、今日も明日も孫はまたハガキを出します

