最後に
比叡山延暦寺のかたの
良寬さんの話を
追記しました
控えめに
キョーレツにではなくw
さりげなく自然に
導いてくださるのが
わたしたちを
みまもってくださってる
スピリット(神さまとか)の
皆様のやり方で
そんなものに
敏感に気付き
ご配慮の気配を
感じとり
あとは
エイって
しっかり
己が動いてくこと
なんだよね
決めつけたりせず
とりあえず、やってみる。
サインかも?って
わかれば
なおのこと
みこころのままに
なりますようにと
ゆだねながら
(拘って執着にせず
最初から祈りゆだねながら)
人事を尽くして天命を待つ的に
とりあえず動いてみる。
これにつきる
ワクワクはないなぁ
どーなるかしら?って
ワクワクしながら
人事を尽くしてみるのが
オモシロイんだね~
どーなるかなぁ?
具体的に書かんからw
意味不明でしょうが
楽しんでおります
こんだけシンクロしてても
流れてしまうカモだけど
そしたら
それがみこころなんだなぁと
執着せず
違ったか~って
笑えばいいね
突然
物件情報をみるような
流れとなり
つい夢中になり過ぎ
疲れ
家事もほっぽって
スマホとニラメッコしてしまい
ハッとしたらもう3時
掃除だよ!
掃除しなきゃって
言いながら
スマホをやりだしたら
沼にハマっておりましたw
疲れるんだよね
スマホ
もうやめて掃除しよ
すべてはお導きだし
縁なんだもの。
直感は大切にするけど
思い込みたくはないのでw
ゆるっと
なんとなく
臨機応変に参ります
お付き合いを
ありがとうございました
さんのご文章を
音声変換で転載します
現代人を魅了する良寬さ んの生きざま
何も持たず、何事にもとらわれず、生涯清廉無垢な生き方を貫いた江戸時代を代表する 乞食(こつじき)の僧 ・良寛さん。
何年もの 厳しい修行の後、子供たちと毬つきに興じ、詩や和歌を楽しみ 庶民に愛された話は、現代にも広く伝わっています。
また、彼が残した書や詩、和歌などは歴史的にはもちろん 文学的にも評価が高いものとして多くの人々に、今も親しまれています。
曹洞宗の僧であった良寛さんに魅せられ、私が彼を勉強しようと思うようになったのは三十年ほど前のこと。
比叡山の先輩に誘われて 良寛さんの出生地である 新潟県の史跡を巡ったときでした。
各地に残る様々な事跡に感銘を受け、 実際にその地で暮らすおばあさんに良寛さんとはどのような人だったのか?と尋ねると、「三日も一緒にいたら弟子にしてほしくなる人 」、二言、三言でもしゃべれば ついて行きたくなるような 徳を持った人」という答えが次々と返ってきました 。
これには私も驚きまして、 訪問から帰ってから良寬会に所属し、いろいろと調べるようになったのです。
どこに興味を覚えたかというと、まったく自分とは違う 遠いところにいる存在だと感じたことと、無為の人であったというところでしょうか。
通常 、人間は 何かをしなければならない、何かをしていることによって自分は誰かの役に立っていると感じられなければ生きていけません。
しかし良寛さんは、そういうことには一切かかわらないというところから、まさに現代人と対局に位置する存在だと感じました。
たとえば 村社会に属さず、 僧侶でありながら どこの宗派にも所属しない。
そのうえ 説法もしなければ 経も読まない。
そしてあえて何も持たない 貧乏な生活を選ぶという生き方 を生涯貫かれた 。
何かに所属したら自由は束縛されます。
それに物を持てば、心が欲望にとらわれます。
良寛さんは、そういう一切から拘束されない本当の自由人であったと思います。
このことは 以前訪れた岡山県倉敷市の円通寺で住職をしておられる 仁保哲明さんにお話を伺った時も同様の意見でした。
お話の中で 仁保さんは 「良寛さんの生き方には 道元禅師が基本にあると思うのですが、その前に お釈迦さんがあるのでしょうか。良寛さんの生き方をみていると、 生きるというものの本質をわかった人ではないかと思うんですね 。
良寛さんがこれほど今の人に魅力的に映るのは、自ら貧しい生活を選び、求めてきたところにあります 。
貧しさのなかに本当の修行を求めたというところに 私たちも気づいたのではないかと思いますね。
そう考えると良寛さんは、厳しい生き方をしながらも自由だったのではないでしょうか」 と語っておられました。
詩に残る良寬さんの人生観
彼の本質をよく表している有名な詩があります 。
生涯身を立つるにものうく/騰々として 天真に任す/ 甕中 三升の米/炉辺 一束の薪
このなかで 良寛さんは、生きていくためには、何もかも自然に任せること。
自分の住まいのなかに三升の米があればよい。
炉のそばには 一束の薪があれば事足りるということを語っており、まさしく本来あるべき 僧侶の生き方を示しています。
もうひとつ。
欲なければ 一切 足り
求むる有りて万事窮す
これは欲望を持たなければ心はすべて満ち足りて、 あれも欲しい、これも欲しいという求める心があればすべてのことが 執着にとらわれるという意味です。
内容としては 現代人にとって身につまされる話です。
あれも持ちたい、 これも持ちたい、 そしてあればあるほどさらに欲しくなるという人間の欲望の本質をとらえて、 そこから脱却する生き方、心の持ち方を諭されています 。
このように、 良寛さんほど物を残した人はいないといわれるほど 数多くの漢詩や歌を残していますが、 それらは誰かに教えようとしたのではないというところに、 私はさらなる 興味を覚えずにはおられません。
自分が感じたまま、あふれ出る感情を表現しただけというところが 素晴らしいと思います。
食べるもの、 着るものにこだわらず、所属するものすべてを断って、子どもたちとおはじきをして、子どもたちが帰っても何日間も夜を徹して楽しんだり、あるいは子どもたちと毬つきを朝から晩まで 楽しんだり、 心の赴くままに生きた 自由さが 良寛さんの本質であったかと思います。
そしてもうひとつの本質は、ゼロ以下の人であったということ。
良寛さんは、いくぶんか 寒さが和らいで 春めいたことを人一倍 喜んだり、秋が深まり 涼しくなってきたこと、雪が積もったことを喜んだりと、普通の人が何も感じないところに感動するところがありました 。
これは名利を追わず、 つまり見栄を捨てることにより得られた境地ではないでしょうか 。
良寛さんの生き方は日本人の忘れ物といってもよいと私は思います。
経済成長を遂げていつの間にか失ってしまった日本人の心がそこにあります。
自然を大事にする、人の心を大事にする、喜ぶことを大事にする、という 生きることの本質を良寛さんの生き方を通して学ぶことが今大事なのではないでしょうか。
~抜粋終わり~