ラマナ・マハルシのアシュラムに行くと、そこにはラマナ・マハルシのプレゼンスがしっかりとあって、そこに座るだけで満たされてくるものがあります。

人によってそこではじめてハートの奥底を知る人もいるでしょう。

それは、そこのアシュラムが、ラマナ・マハルシを崇め奉るためにあるわけではなく、自分を発見する場所だから起きることです。

人は人とそうやって出会っていけことができることを、教えてくれているのだと思います。

本来、私たちは、いつでもどこでもそうやって触れあえる存在です。

人とのかかわりの中で、ハートを発見していける存在です。


「人間機械」で生きていたら、自分の「奥」にはかすりもしませんが、しかし自分の「奥」に触れたら、相手にも触れることができます。

相手に触れたら、ハートがあるのがわかり、そうしたら、宇宙の兄弟にも触れることができます。

世界の仕組みを喝破していた古代人とも出会え、芸術作品も古代の人たちのメッセージもわかるようになります。

中途半端なサイキックの次元ではなく、もっと違うスケールでわかるようになっていくのです。


時空を超えたものに触れると、逆に、時空に光があたります。
私たちは時空を超えたものに憧れを抱く存在ではなく、時空を超えたものが、私たちの原点です。


その原点を知るには、日常生活で本当のコミュニケーションをしていくことです。

家族や友人といった身近な人たちと本当のコミュニケーションをしていくことで、必ず出会えます。

地球でいうビジネスにしても、
極めればヨガの行者と同じところに行けます。

主婦だろうがなんだろうが、
いたって基本的な人間の営みを
やっていくことで、最終的に
同じところに行き着けるのです。


この地球で生きていると、誰もが同じところで行き詰まりますが、
それはマインドの次元で起きているに過ぎないことです。

本来、ハートは傷つくことがありません。

もし自分が傷つき苦しんでいるとしたら、それはハートブレイクならぬマインドブレイクです。

ハートはその奥にあるので、「マインドブレイクだから大丈夫。まだ奥があるってことだよね」と覚えておくといいでしょう。





ハートブレイクなんて

なかったんだね!笑


今度から


マインドブレイクって

言い直そう。笑



ヤッホ~お願いキラキラ