アラフォーの私はそういうお年頃なのか、

年々気力と体力が落ちている。


それに伴って、何かやる気が出ないとか

乗り気じゃないことがちょくちょくある。


これ嫌な予感?!と言うのも増えてきた。


厳密に言うと、それは嫌な予感ではなく

「乗り気ではない」状態なのだけれど、

嫌な予感なのか何なのかもはやよくわからない。


という事で、今年から私は

「嫌な予感本当に当たるのか」を

検証している。


面倒だな。


なんかもうやめておきたい。


そういう時、あえてストップかけず前へ進んで

実行する。


子どもが新しく始める習い事、何か乗り気

じゃない、気持ちが重たい。


とあるイベント、主催者側から電話がかかって

きたけれど、電話対応がイマイチ。

電話口の人、もしかして怒ってる・・・?

何かもう行く気なくなってきた。


保険商品解約したいけど

営業担当者に連絡するのが超億劫。

(これは当然か・・・)


などなど、本当にやりたくない、

もうやめとく?

といった嫌な気持ちを振り切って

前に進んでみる。


やってみた結果、今のところ

かねがね楽しんでいる。


新しい習い事、息子は超楽しんで

これを通じて新しい友達も出来た。


イベントの電話口で感じが悪く思ったスタッフに

実際に会ってみると

ただのコミュニケーション下手な人だった。

悪意はない。


結局のところ、『予感』なんてそう簡単に

降ってくるものではないんだなと。


結果的に嫌な思いをしたとしても、そこに対する

対処法を自分が学ばない限りは

再びどこかで同じ問題にぶち当たるのだろう。


学習理論の一つに、学習とは失敗の消去である、

というのがある。

『失敗』を学んで正解に辿り着くのだ。


当たりくじを引きたければ、

外れクジを何個も引かなければならない。


と考えると、

無駄な買い物も有効な投資にすら思えてくる

不思議さよ。


いつもなら絶対に選ばない色の服を

あえて選んだけど、

やっぱり心がしっくりこないよ。

でも派手な色を着ると

何だか気が強そうに見えるね。


戦闘服だわこれ。


私は昔、上京して入社した会社が

5ヶ月で倒産するという目にあった。


地元を捨てて引っ越して来たというのに、

いきなりの無職生活。


が、その暇だった1ヶ月、

人生の夏休みとでも言うべき

長期休暇(?)中に

今の夫と出会った。


職種柄土日休みではなかったので、

この倒産がなければ

夫とは出会っていなかっただろう。


私の人生なにが当たりで

なにが外れかなんて

私自身知りようがない。


結局嫌な予感なんて

後知恵バイアスがかかって

嫌な予感がしたという

気になっているだけ。


嫌な予感なんて日常茶飯事だ。

その大半は外れている事を忘れている。


心身が大きく傷ついたり

多額の金銭を損なったり


そういう滅多にない有事の時のために

動物的な勘を磨いていればいいのでは

ないだろうか。


全然ビビッとこなくても

人生においてとんでもなく大きなご縁に

繋がる事もあるしね。


今の私は自分の気持ちに従うと

停滞するばかり。


動きたくないのは夏バテかもね。


それでも重たい腰をよっこらしょと

持ち上げて


一つ一つ失敗を重ねていきたいと思う。


息子の英会話教室、やっと最終日を迎えた。

英会話教室に辞めると申請してから約2ヶ月かかった。


最終日、ネイティブの先生からそこそこ厳しい評価を受けた。

He is ok.

He is quiet.

He is slowly.

って。

で、同じクラスの同学年の子2人と比較して1番遅いよみたいな事も言われた。


凹んだ。

凹んだのは、


He is quiet.


の部分。

英会話に途中から興味なくして

そのまま続けてたから、

そりゃslowlyだろうし家で何の復習も

してないから、1番出来なくて

当然だわなと思う。


先週まで褒めて引き留めてきたのに

何とまぁ手のひら返してとも思うが、

まぁそれは受け流せる。


でも、He is quiet.


この言葉に、心がえぐられた。

この大人しい、というのは私自身の

コンプレックスでもあるのだろう。


私の子どもの時と今の息子の性格は、

とてもよく似ている。


シャイで、外の大人に対してはとても無口。

リラックスして話せない。

私は大人に対して受け答え出来ず、挨拶すらまともに出来ない子どもだった。

(あれ、挨拶や受け答えできる息子の方の方が

もしかして私よりマシか・・・)


人懐っこい子どもに、羨ましさを感じていた。

楽しそうだな。

どう転んでも私はそうはなれないから。


そして、極度の恥ずかしがり屋。

何でもかんでも、恥ずかしいと思うのだ。


自分の名前が恥ずかしい。

自分の好きな色が恥ずかしい。

特に親の前で友達とコミュニケーションとる

のが恥ずかしかった。


この性質、完全に息子に遺伝している。

息子も、自己表現をとても嫌がる。

何かについてのエピソードを語るのも苦手だ。


思えば、私の父も同じ性質だ。

無口で何考えてるか分からない。

親子の会話すらろくになかったので、

父は重症。


父が酔った時、ふとこんな事を漏らした。

「昔は人と会話する意義が分からなかった。」

と。

何の為に話すの?と。


父は共感力もないし、親子で楽しい会話を

した事がない。

父は、私の話が正しくないと思う時だけ

否定してくる。

父に話しかけられる唯一の時間。


本当、この人会話を何だと思ってるのだろうか。


父は、きっと何らかの特性があるのだろう。

更に弟も似た感じで、外では超無口。


大人になってから、この性質は遺伝だと

気付いた。


「私が」ダメなのではなく、

そういう遺伝的性質なのだと捉えると

少し気持ちが楽になった。


人と繋がるためにやたらとハードルのある

人生なのだけど、


こういう自分と一緒に生きていこうと

自己受容もしてきた。


今回


He is quiet.


と言われて、

私は息子に自己投影してしまっているのか、

そしてやはり、完全な自己受容は

出来ていないのか


考えてしまった。


この性格でよかったことだってあるはず

なのだけどね。


おとなしい性質と連動するものなのか

わからないけれど


温厚で慎重派、頭の中は大抵ぐるぐる

回ってる。


友達は少ないけれど、大事にしている。


日常生活の中で、私は人に対してカッとなって

揉めたりする事はほとんどない。


思いつきでポンポン物言って

人を振り回す事もないし、


結婚してからの家庭生活は、

私が育った家庭に比べたら信じられない

くらいに平和だ。


夫も私も同質だからだろう。


何かもうこれ言われて

私なんかが子ども産んじゃって

ごめんなさいとまで

思ったのだけど、


性格は長所も短所も表裏一体

まずは自己受容から始めなくてはと


今回改めて思った。


大阪万博、夜間チケットを使って1人で行ってきました!


1回目行ったのは、こちら



前回、子連れだとどうにも展示に集中できなくて、長い待ち時間も子どもの相手で疲労困憊。


今度は1人で行くぞと意気込み、今回は、イタリア館と大阪ヘルスケアパビリオンを予約して行ってきた。


今はトワイライトキャンペーンをやっていて、夜間間は16時から入場可能。

17時に到着したが、並ぶ事はなく、さくっと入場できた。


そして、待ちに待ったイタリア館。


カラヴァッジョの「キリストの埋葬」


レオナルドダヴィンチのコーデックス原本


他に何点か作品があり、歴史のある本物にに触れられて嬉しい。

美術館のように、ゆっくりじっくり味わう暇はなかったが、このパビリオンの空気を味わえただけでもよかったと思う。


次は大阪ヘルスケアパビリオン

ミライの自分に会ってきた



そうか、25年後は自分はおばあちゃんなのだとリアルに気付かされる。

人生はあっという間だね。


そしてこちらは、ips細胞で作った心筋シート


この心筋シートが容器の中でひらひらピクピク拍動していた。


体のあらゆる細胞に変化することのできるips細胞。

これはips細胞から作った心筋細胞をシート状にしたもの。

このシートを心臓に移植する事で心臓機能の回復が期待できるのだとか。


今後の益々の医療の発展に期待が高まる。


サクッと終えた夜の万博。

控えめに言って、1人万博は最高だった。


今回電車や待ち時間はスマホでずっと映画を見ていたので、待つ事に疲れたという事もなし。

おひとり様最高ではないか。


この日は小雨が降ったり止んだりで、夜はちょっと肌寒いくらいで熱中症とは無縁の気温でした(7月中旬)。


昼間参戦する方は熱中症対策必須ですね。


これで私の万博参戦は終わり。

人混みが苦手、体力なしの私だが、狙い定めて行けば快適に楽しめて良かったです。