在宅介護の記録〜2005年11月9日から今日まで〜 -5ページ目

在宅介護の記録〜2005年11月9日から今日まで〜

2005年11月9日くも膜下出血に倒れた母。その日から姉妹で在宅介護を続けてきました。今までそしてこれからのこと、あれこれ綴りたいです。


これは去年の今日の午前中に交わした妹と私のLINE。年末から入院してる母のところに面会に行く前の相談。いつも通り、病院に届けるものや時間を確認した。

比較的面会が自由だったこの病院もコロナ禍で制限がかかり、完全予約制となっていた。この頃は確か2週間に1度だったと記憶している。12月28日に転院して、当初の退院予定は7日だった。それが延期になったため、2週間後のこの日に予約を入れていたのだ。


14:00に迎えに来てくれた妹の車に乗って病院へ。予約は14:30。何年もお世話になってるため顔馴染みになった受付の女性に面会を告げて、エレベーターで母のいる3階へ。そこで面会調書に体調等を記入、検温。ナースステーションで手洗いをして母の部屋へ。コロナになってから少しの変化はあったけど、だいたいこんな手順で病室に入ることができた。


今回の部屋は318号室。看護師さんが今日の様子を教えてくれて部屋を出る。わずか10分程度だが3人だけの時間。40年前に父が亡くなってから長いこと3人だけで生きてきた。女3人で笑ったり、泣いたり、悩んだり。家族が増えてからは3人だけでいることは無くなっていたけど。


母に挨拶して(もしかしたら明けましておめでとうなんて言ったのかも)、身の回りを整理整頓して、所持品の過不足を確認する。それから持ってきた体温計とパルスオキシメーターでバイタルチェック。この時は36.6℃、98%と記録してある。いつもと変わらない。これなら退院も近いはず、、、そう思って私たちは病室を後にした。最後になんて母に声を掛けたのかな、、、あまりにいつも通りすぎて思い出せないけど。


この後コロナ陽性者が増えて面会は禁止になった。でも私たちにはもう関係なかった。

なぜなら、それから2週間の後に母は急にこの世からいなくなってしまったから。


あの日が最後ってわかってたら、もっと話しかければよかった。もっと手を握ればよかった。身体をさすってあげればよかった。一年たってもそんなこと思ってしまう。