こんにちは。


ヤフーのトップ画面にある記事を読んでいて、ふと思ったことを・・・。


何でも「原発事故跡を観光地」にしようという動きがあるとか何とか。


一見奇をてらった様な内容だが、目的は事故を風化させない為だとか。


ふむふむ、なるほどなるほど。


何か大きな災害や事故があった時に、残った物を「記念」として残すことは


よくありますもんね。


でも私いつも思うんです。「記念」って何の記念だろうって。


学力の低い私なので・・・。


「記念」って何かのお祝いに残すんじゃ?って思うんですよ。


それに災害・事故を忘れないために遺物を残す、記念日を設定する・・・


でも結局はそこから何かを学び取らないと意味ないんじゃないかって。


「百聞は一見にしかず」ではないですが


記念を後の世代に残すよりも、体験した親世代が1枚の写真を、その時の恐怖の体験を


子供に伝え聞かせたほうがいいんじゃないかって思うんです。


伝え聞かせる内容の「証拠」としての「記念」なら分かるんですが


最近世の中にある「○○を忘れない為に ○○の記念に」というのには


やけに目的と手段が逆さまになっているものが多い気がします。


あの災害を体験した東北の皆さんはきっとそれぞれの方法で伝えていくと


思うのですが・・・。


関係のない一部の人間が騒いでいるのも事実ですので。


この文を書きながら、世の中を斜め上から見てしまっている自分自身に気づいて


しまった・・・。