今年もあと幾日か、そんな折に白髪に黒縁めがねの松本淳二被告(60)は福岡地裁の証言台にいた。酒店の“業務用冷蔵庫”から2人の遺体が見つかり世間に衝撃を与えた事件の容疑者として起訴された男だ。起訴罪名は殺人と遺体遺棄。審理で浮かび上がったのは、35年におよぶ長期の引きこもり生活と20代から続いた父親に対する極度のアレルギーだった。そして「絶対に邪魔されたくない時間」と本人が話す「アニメ鑑賞」をめぐるトラブルが事件の引き金となり、もうすぐ90歳になろうかという両親は息絶えた。罪を認めた松本被告への検察官の求刑は「無期懲役」だった―。

 

◆言いたいことは「ありません」

検察側「極めて身勝手な理由から2人を殺害した」

 

これまでの審理で▽両親を殺害したこと▽遺体を冷蔵庫に隠したことを認めた松本淳二被告(60)。19日の審理で無期懲役を求刑されても、特に表情を変えることはなかった。裁判長に「何か言いたいことは」と聞かれても「ありません」と答えるだけだった。

◆引きこもりの35年間、話し相手は母親だけ

検察側と弁護側の冒頭陳述によると、松本被告は勝手に大学を中退したことを父・博和さん(事件当時88)に厳しくしっせきされ、苦手意識や嫌悪感を抱くようになった。それ以来、博和さんを避けるようになったという。企業に就職したものの「営業成績がゼロ」(本人の証言)で半年で退職した。その後は、家業の酒店を手伝った時期もあったが、いつしか社会と距離を置き、自室に引きこもるようになっていった。

 

移送される松本淳二被告(60)

60歳まで年を重ねれば、周囲には退職して第二の人生をおうかし始める人も出るころだ。松本被告はこの間、実に35年にもわたって福岡市西区の戸建て住宅に引きこもっていた。一家は年金で生活していた。松本被告は高齢の両親から“お小遣い”をもらいながら、趣味のアニメやDVDを見たり、漫画を読んだりして過ごしていたという。

まったく外出しないわけではなく、酒の配達を頼まれれば応じた。母・満喜枝さん(事件当時87)と一緒に買い物に出かけることもあった。ただ、人付き合いという面では社会との関わりはないに等しく、家でも会話するのはもっぱら母親だけだったようだ。

そんな満喜枝さんは2021年4月に入院し、車いすで生活するようになる。

◆父親に対する極度の“アレルギー”

弁護側は“引きこもり生活”について冒頭陳述で詳しく説明している。「被告は父親のことは苦手で顔を合わせないように生活していました。一方で母親との関係は良好でした。朝5時に起きて食事の準備や洗濯、掃除などを繰り返していました。午後9時に寝るまで単純で規則正しい生活です。被告は携帯電話は持っておらず、インターネットに触れたことはありません」

一家が暮らした戸建て住宅(福岡市西区)

 

父親に対しての強いアレルギーは、検察側と弁護側の双方の説明に出てくる。大学中退をめぐるしっせきを発端に、若いころからずっと馬が合わなかったようだ。2021年はじめ頃から、博和さんには認知症の症状が出始めた。同じことを聞かれるようになり、松本被告はその度に苛立っていた。

 

◆絶対に邪魔されたくなかった「アニメ鑑賞」

引きこもりのまま気づけば60歳。顔も会わせないほど父親は苦手。それでも5時に起きて9時に寝る“規則正しい”生活は続いていた。2021年6月20日までは。この日の午後6時半に事件は起きた。松本被告は父親の博和さんから“初めて”トイレの介助を頼まれることになる。それは、いつものように自室でアニメ鑑賞していた時のことだった―。

自室のある2階から1階に下り、トイレを手伝った。部屋に戻って1時間ほど「アニメ鑑賞」にふけっていると、再び博和さんから呼ばれトイレを手伝った。「絶対に邪魔されたくない」時間だったはずのアニメ鑑賞を2度、邪魔されたことで苛立ちを強めていく。

午後9時、就寝するために布団に入ると、もう一度「トイレ」の声がした。「その場で用をたすからバケツを持ってきて」と言われたのは、博和さんを抱きかかえるに手こずっていた時だった。「後処理もしなければいけない、そんなことまでしなければいけないのか(検察側冒頭陳述より)」苛立ちは怒りに変わり、爆発した。

◆母はつぶやいた「父さんもう死んでいるよ」

検察側の説明によると、松本被告は電気ポットのコードを使って博和さんの首を絞めて殺害したとされる。その様子を見ていた母親の満喜枝さんは松本被告に話しかけた「もう死んどるよ」。

われに返ったのだろうか、松本被告は満喜枝さんに声をかけられると、コードから手を離した。そして、博和さんが呼吸しているかどうか確かめた。“苦手意識”と“嫌悪感”の対象だった父親はもう息をしていなかった。残されたのは、一緒に買い物をして、病院の送り迎えもする良好な関係の母親。だが脳裏に浮かんだのは「口封じ」だった。検察側は、満喜枝さんも博和さんと同じようにコードで首を絞めて殺害されたと主張している。

その後、両親の殺害を“隠ぺい”しようと、業務用冷蔵庫に2人の遺体を隠し、粘着テープで目張りしたという。満喜枝さんの通院先や親族、介護支援センターの職員が心配しないようにさまざまなうそをついて、2日間は冷蔵庫のある自宅で過ごした。しかし、これ以上ごまかしきれないと考え、事件から3日後の6月23日、松本被告は引きこもっていた自宅を出た。

◆引きこもりからの逃亡生活、逮捕されたのは京都

35年間、アニメやDVD鑑賞をしながら自宅にいた松本被告のフットワークは意外にも軽かった。捜査の行く手がおよばないように、全国各地を転々とする松本被告の居場所の把握に捜査当局は手こずった。しかし逃亡生活は長くは続かず7月4日、京都市内のホテルを出たところで福岡県警の捜査員に逮捕された。


◆「趣味の時間が削られることが嫌だった」

松本被告は両親の殺人罪と父親に対する死体遺棄罪で起訴された(母親の満喜枝さんは死亡時期が冷蔵庫に入れられる前後ではっきりしないため、満喜枝さんについては殺人罪のみでの起訴)。いずれの起訴内容も認めたため、裁判の焦点は量刑に絞られた。先出の通り、博和さんには認知症の症状があり、満喜枝さんは車いす生活だった。弁護側は“介護疲れ”の線を主張したものの、松本被告は自ら法廷で一蹴した。

 

弁護側
父が弱ってきて、自分が動きたくない時に動かされた、何が一番いやで犯行に?

 

松本被告
自分の時間を削られること

 

弁護側
母の介助で手一杯でこれ以上、上乗せされたらいやだったとかは?

 

松本被告
なかった

 

弁護側

ではなぜ殺した?

 

松本被告
あれはもう、まあ・・・、完全にやり過ぎたと今は思っている。勢いに任せてやった、あれはやりすぎた

 

19日の審理で検察側は「トイレ介助を頼まれて、趣味の時間を邪魔されたと一方的にいらだちを募らせた悪質な犯行。口封じという自己保身のために母の犯行も決意した。介護疲れの事件とはまったく異なり、酌量の余地はない」と締めくくり無期懲役を求めた。弁護側は「計画性は認められない」などとして懲役23年程度の有期刑が相当と主張し結審した。判決は来年1月6日に言い渡される。

結局、一連の審理は“アニメ鑑賞を邪魔された怒り”が前面に出た展開をたどった。成人した後も30年以上お小遣いを与えて、息子のために趣味の時間を確保してきた両親が浮かばれない。