悪質な集団性的暴行事件や「デートDV」が大きな社会問題となる今日、自分の子どもが性犯罪の被害者・加害者にならないか心配する親世代が増える一方、日本の学校における性教育は、長い間大きな変化もないまま、いまも十分に行われていません。

 

  【写真】この記事の写真を見る(2枚)

 

 文部科学省による学習指導要領では「性教育」という言葉は使われず、「性に関する指導」と表現されていて、授業時間や内容などは学校任せです。そのため、学校や教師の熱意の有無によって、大きなばらつきがある状況です。

学校での性教育では「性交」は扱わない

 学校で性の何が教えられるのかというと、「生殖としての性」「産むための性」など女性の生殖の仕組みが中心です。しかも中学校の学習指導要領の中には、受精については教えても、受精に至る過程、つまり性交に関しては扱わないという「はどめ規定」がいまだにあるのです。

 その背景には、子どもが性交について関心を持つのはよくないという性に対する否定感があり、知ると良くないことをするという、子どもへの不信感があると思われます。遡ると、日本人の性の意識が変わったのは、明治時代につくられた大日本帝国憲法のもとで家父長制度や男尊女卑の考え方が徹底されたことによります。女性は子どもを産む存在として男性に従属する世界に押し込められていきました。そして女子には純潔を求める一方、男子の性は野放しという男女別の性教育・性のあり方が戦後も引き継がれてきたのです。

 さらに2002年頃には、保守的な政治家たちが「過激な性教育は性行為を助長する」などとして、「性教育バッシング」が起こりました。こうした結果、諸外国では、理科の生物の時間などで「人間の性」について、科学的な性の学びが行われているのに対して、日本では、道徳教育として扱う考え方が根強く残っています。

『「若者の性」白書』によると、「膣外射精は、確実な避妊の方法である」かどうか、「ピルの避妊成功率はきわめて高い」かどうか、「排卵は、いつも月経中におこる」かどうかといった性知識を高校生・大学生に問う全国調査では、約10年前と比べてむしろ正答率の低下が顕著に見られるのです。

ネットのアダルトサイトから歪んだ情報を集めた結果……

 たとえば、高校生の膣外射精に対する正答率は49・3%と半数を切ってしまっています。

 

 正しい知識を教えられることなく、インターネットのアダルトサイトなどから歪んだ情報を集めてしまう結果でしょう。私は20年以上、大学でセクソロジー(性科学)を講義するなど、学校性教育に携わってきましたが、人間は性について学べば学ぶほど、性行動は慎重になると実感しています。

 また、性器を含む自分のからだのこと、性的欲求のことなど、自らの性について正しい知識を学ぶことによって、自己肯定感が高まると確信しています。これは男子にも女子にも言えることですが、特に男子の性は科学的な学びの場から放置されてきました。そのため、「自慰行為をしすぎると死ぬ/バカになる」などの誤った情報にもとづく深刻な悩みや自己嫌悪、包茎や性器の大きさに関する誤解から生ずるコンプレックスを抱えている男子は少なくありません。

 そこから生まれる性の偏見、思い込みは自己否定につながり、相手の性、人間の性そのものに対しても肯定的にとらえにくくなる。そのことと社会問題となっている性加害、性暴力、あるいはその反対に、恋愛や結婚など人との関係づくりを回避する傾向の増加とは無関係ではないと考えています。

「月経と健康の関係」についての知識は成人男性を含めて皆無

 性の学びは、お互いの性、ひいては人権を尊重することにつながり、よりよい人間関係を築くための土台になります。特に、男性が「月経(生理)」について学ぶことは、女性と対等な人間として向き合い、受け止めるために最も重要な学びの一つであり、互いに心の通い合う関係づくりに大きな影響をもたらします。前述した『「若者の性」白書』によると、高校生男子の場合、8割以上が「月経と排卵の関係」を正しく理解していませんし、月経痛や精神的・身体的不調が続くPMSなど、「月経と健康の関係」についての知識など大人を含めて皆無と言っていいでしょう。

 

 私自身、結婚するまで男中心の身勝手な性の享楽情報ばかりで女性の性の事実についてまともな知識を持っていませんでした。妻は月経がかなり重いタイプで、私は時に仮病を疑うこともありました。月経が女性の心身にどんな影響をもたらすのか全く知らなかったのです。そのため気持ちはすれ違うばかりでした。

関係を破綻させないために行なった“コミュニケーション”

 このままでは関係の破綻につながるのではないかと思い、月経や性について勉強したことが、私の性教育の原点なのですが、男性向けの講演会ではこの「月経」と二人の関係性について話すことにしています。相手と向き合いコミュニケーションをとり、関係を築くためには、まず「正しく知る」こと。相手のことを知らなければ、共感や思いやりの気持ちを持つことはできません。そのためには、男性が学ぶ機会が必要なのです。

 

 最近では、性にかかわる科学的知識を教えるYouTubeなど、インターネットでの優良なコンテンツが増え、影響力が大きくなっていることは喜ばしいことだと思います。しかし、現状、視聴者の多くは女性のようです。やはり男子への正しい性情報、性教育が圧倒的に不足しています。いくら女性が学んでも、男性が変わらなければ、ジェンダー平等や性の多様性の理解も広がっていきません。この意味で「男子への性教育で社会は変わる」と言っても過言ではないでしょう。

 また、性教育は、学校で一度教えたからといって、すぐに理解できるとは限りません。学校以上に親の考え方やふるまいが子どもに与える影響は大きいものです。その親も科学的な学びの機会がなかった世代なので、性について抑制的に語ることしかできません。子どもばかりでなく親や教師の世代の男性たちが性について学ぶこと、これは次の時代の大きな大きな課題になってきたと思います。

◆このコラムは、政治、経済からスポーツや芸能まで、世の中の事象を幅広く網羅した『 文藝春秋オピニオン 2023年の論点100 』に掲載されています。

【関連記事】