「たとえば君 四十年の恋歌」 相聞歌を読んで


長編にわたるアマアマ姫・豪華宮殿お泊まり寵愛デート日記を最後までお付き合いいただき、有り難うございました
m(__)m


今回の日記は写真をふんだんに取り入れ、個人を特定する等の支障がない限り、出来るだけ克明に記録しました


これに至ったのには理由が有ります


「婚外恋愛はツラい苦しい事が多く、先がみえないし不安です

未来はない
飼い主さんとaiさんの相愛はそうではなく、とても幸せそう
お二人みたいになりたい

お二人は憧れで、理想です」

飼い主さんとaiは、このようなコメントやメッセージをたくさんいただきます

飼い主さんもaiもとても嬉しく思い、有難い言葉だと思っています


読んで下さった方が明るい気持ちになったり
前向きになったり
希望を持って生きていける支えに僅かでもなれたらいいなと思っています



そして新たな気持ちが芽生えました

先月

「たとえば君 四十年の恋歌」 河野裕子・永田和宏


という本を読み、心に響きました



本の帯には、乳癌で逝った妻
そのすべてを見届けた夫

歌人夫妻が紡いだ380首とエッセイ
とあります


短歌が特に好きというわけでは有りませんが、ふとしたきっかけでこの本を手にし、気が付いたら読み終わっていました



夫である永田和宏さんのエッセイの一節にこう書かれていました

「直接に連れ合いのことを詠んだ歌だけを少なめに数えても、河野には500首余、私には470首ほどの、いわゆる相聞歌と呼ばれる歌があった。ふたりとも、恋人時代だけでなく、四十年間、ほとんどの時期に渉って同じように作っているのを、我ながらあきれる思いで見直している。私には河野が亡くなってから、彼女のことを詠んだ挽歌がさらに百首以上はあるだろう。」とあります。

これは飼い主さんの書いている

婚外の恋愛講座~ニャンコと飼い主さんの相愛日記~とaiの書いているこのブログと同じこと


河野裕子さんと永田和宏さんはご夫婦で、飼い主さんとaiは相愛の恋人同士



どちらも相愛というくくりでは同じで、互いを思い、愛することを書いています

相聞歌と私たちのブログは同じようなものと感じました


まだブログを書き出して1年半

40年に渡り書き続けられたこの二人には程遠いですが、aiも生涯にわたり書き続けていこうと決意しました


この本のあとがきの中に

最近、私は次のような一首を作った。

わたくしは死んではいけないわたくしが死ぬときあなたがほんたうに死ぬ


死者は、生者の記憶のなかにしか生きられない。だからもっと河野裕子を知っているものとして、長く生きていたいと思う。それが彼女を生かしておく唯一の方法なのだと思う。


この文章からいかに妻である河野裕子を愛し、いかに歌人として尊敬していたかわかります

互いを愛し、互いを尊敬し合う二人


飼い主さんとaiも同じく愛し合い、尊敬し合っています




遠い遠い未来、子孫・・・曾孫・・・玄孫

いえ
もっと先の子孫(しそん)が恋愛や人生に何らかの迷いがある時に・・・


それはどんなスタイルの恋愛かはわかりませんが、如何なる状況においても、こんなに愛し愛され満たされる幸せな恋愛というものが存在したという事を伝えたい


先祖はこういう生き方をしたんだ

広いくくりでは、祖先の中にこういう生き方をした相愛の二人がいたということを残し、伝えたい



迷った時に読んで何かを掴みとって欲しい

そう思いました


aiの両親は大恋愛の末、結婚
相愛な二人でした


母には、二人の男性にプロポーズされ苦悩していた時期が有り、当時の父からの熱い思いが切々とラブレターに書かれています

このラブレターで母は父との結婚を決意したそうです

父が早くに亡くなってしまった時の母はとても見ていられませんでした

まるで、体の半分がもぎ取られたかのようでした


それ程に相愛だったのです

父からのラブレターも代々伝えていこうと思います

子供たちから孫へ
孫から曾孫
曾孫から玄孫へ・・・・・・
その先も・・・・・・



二人で愛を育てる幸せ

相愛は二人で作るもの

教えてくれたのは愛してやまない飼い主さん


これからも限定記事にすることなく、公開記事で、その時その時の思いをきちんと丁寧に綴っていこうと思います


これからもどうぞ宜しくお願い致します
m(__)m

aineko

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