こんにちは、モーゲンです。
ついに、30の教え
最後の30番目になりました。
本当にここまで読んでくださったことに
感謝しています。
文才があるわけではないので
読みにくかったり
実体のない話で
イメージが沸きにくかったりと
あったと思います。
それでも、少しでも
分かりやすくお伝えできればと思い
書いてきました。
思えば私も
人生に対してネガティブに考え
常に何かに怯えながら
先の不安ばかりを心配して
今その時を全く楽しめない
そんな毎日を送っていました。
人付き合いもとても苦手で
会話をするのも苦手で
社交的でなく
お酒も苦手で、体育会のノリが
世の中で一番嫌い。
話をしていても会話が合わなかったり
昔からしぐさを見れば
(この人自分のこと苦手だな)
(あんまり人を大切にできない人だな)
というのが分かってしまっただけに
とても辛い毎日でした。
そんな自分は昔から
休日も家でずっと寝ているか
一人で買い物に行ったり
横浜の海の見える静かな公園で
ぼーっとしたり
一人でカラオケに行ったり・・・
会社の上司からしてみたら
同僚と仲良くできなそうで
あまり雇いたくない人間だと思います。
そんな自分ですが
子どものころから弟がいたことから
小さい子とお話をすることが好きでした。
同い年の友人が遊んでいて
そこに連れてこられた弟や妹と
お話をしたりすることが好きでした。
また、自分から話を
展開することがあまりないためか
聞き役に徹することも多かったため
女性から悩み相談を受けることも多く
・子どもと接することが好き
・悩み相談や力になりたい
という気持ちから
教師になりたいという
夢を持ち始めました。
しかし、父は断固反対で
「お前は人前に出る仕事は無理だから
教師になんてなるべきでない。
だまって座ってデスクワークをする
市役所職員に黙ってなれ」
と幼少期から延々言われ続けていました。
市役所の方は別として
(そういう方が人に迷惑をかけないでいいのかも)
(苦しい思いをするならそういう生き方がいいのかも)
そうは思いましたが
押し切って教員として働き始めました。
現実はやはり残酷で
一部の教員は偉そうで意地悪で
体育会のノリで私のような
引っ込み思案の教員を
馬鹿にしているようでした。
そのような人にも嫌な顔をせず
愛想よくふるまうことは
大変なストレスで
神経をすり減らし
仕事から帰ってくると
いつも泥のように眠っていました。
私は子どもと接する時間を大切にしたい
親御さんと協力してもっと子どもが
できることを増やしていきたい
そう思い、特別支援学級で働いていました。
*特別支援学級
身体的・知的に障害があるお子さんが
在籍している、普通学校の中にあるクラス
特別支援学校(旧 養護学校)よりも
自立ができる生徒さんが多い
子ども、親御さんからは
とても感謝していただき
お仕事をしているにも関わらず
たくさんの温かい気持ちと
感動をいただきました。
しかし、普通級の先生は
そういう関係であったり
個の良さを伸ばすことよりも
集団でいかに生活できるか?
ということに目を向けすぎていて
そのような生徒が自分のクラスで交流すると
全体の流れが遅れてしまう
他のクラスと足並みがそろわなくなることから
「合唱コンクールは、当然入らないですよね?」
「体育祭は危ないから抜いておきましたので
そちらで勝手にやってください」
と、なんの打ち合わせもなしに
決められてしまい味方によっては
差別ではないかということが多かったです。
(こんなに頑張っているのに、そこは評価されないのか)
(社会に適合できない性格な自分も思えばこの子たちと同じ
気持ちなんだよな)
(こんな方針の学校、国の下で働いてて
果たして自分らしく生きていけるのだろうか・・・)
そこで生きて暮らしているのに
魂がそこにいない・・・
私はどんどん気持ちが暗くなり
鬱になってきました。
人は肢体に魂が宿り
五体と言われます。
魂が抜けていた私は
肢体しかない、そのときは文字通り
死体だったのかもしれません。
二年が過ぎ私はついに念願の
支援学校を希望し異動することができました。
(ようやく、あの子たちの力になれる
知識をいっぱい学び、自分を役立てるときが来た!)
そう喜んでいた矢先でした。
その現場の教員は
・普通学校で体罰をしてしまって
左遷させられた
・生徒トラブルで鬱になり
左遷させられた
・職場でいじめばかりしていて
取りつく島もないので左遷させられた
この業界でいういわゆる
使えない教員
というレッテルを貼られた人たち
の集合体の環境でした。
私は、赴任して早速
格好の餌食になりました。
着任二日目にして
私のパソコンだけ撤去され
週一度の会議には呼ばれず
知らないところで行われ
出勤しているにも拘らず
黒板に欠席と書かれ
挙句の果てには
体育の授業で使う
運動靴を盗まれたこともありました。
(自分はここでも役に立てなかった・・・)
完全に心が折れた私は
25歳で教員を辞め
社会復帰不能になってしまいました。
それから一か月
ろくに食事もとれず
体重も10キロほど痩せ
泣いてばかりの毎日を送りました。
母は理解がありそんな自分を
受け入れてくれましたが
父はそんなことを話しても
心の病気になった人間をいつも
・贅沢病で心が弱いだけの負け犬
と嘲る人だったので
仕事をしているフリをするために
スーツに着替えて出かけて
どこかで時間を潰してから家に帰る
という偽装をしていました。
(生きていることが情けない)
(世の中にいてもしょうがない)
そんな言葉ばかり頭を巡り
気が狂いそうになっていたときでした。
私が仕事を辞めたことを聞いた
今まで良くしてくださった先輩や
特別支援学級の生徒のお母さんから
たくさんの電話をいただきました
一緒に支援級を
やっていたお母さん先生からは
「先生!今まで先生がやってきたことは
絶対に間違いじゃありません!」
「そいつらは絶対に許されるべき人たちじゃないから
先生はゆっくり休んだら、笑顔になっていいんだよ!」
一緒に部活をやらせていただいた
第一顧問の先生から
「先生が時間を割いて毎日部活をやってくれたから
生徒の居場所の一つが部活になったんです。」
「大会があるので、外に出れそうでしたら
ぜひ挨拶してやってください。
あいつら『モーゲン先生だったらいつも褒めてくれるのね』
って先生のミーティングのことばかり話してますよ」
生徒のお母さんからは
「うちの子は、今まで場面緘黙
(気持ちに不安があり、お話ができない)
だったのに、先生がきっかけで初めて
外で話せるようになったんですよ!
感謝の気持ちでいっぱいなんです」
「先生!今度、○○先生(お母さん先生)と三人で
飲み行きましょう!」
そんな言葉をたくさんいただき
涙と鼻水でグズグズで顔が
ぐちゃぐちゃになりながら
生きてて本当に良かった
と感謝することができました。
その中で、本当に嬉しかったのは
生徒のお母さんからいただいた
「先生は繊細で気を使いすぎてしまうのが心配だけど
先生だから、みんな相談できるんですよね。
緘黙の生徒が笑顔で挨拶ができるようになったの見て
『この先生は、本当に持ってるな!』って思いました」
という言葉でした。
私はずっとずっと勘違いをしていました。
人生に対してネガティブに考え
常に何かに怯えながら
先の不安ばかりを心配して
今その時を全く楽しめない
人の顔色ばかり見て
気を使い、神経をすり減らしている
これらを
マイナスで改善するべき自分の中の
悪
だと思っていました。
人生に対してネガティブに考え
常に何かに怯えながら
先の不安ばかりを心配して
今その時を全く楽しめない
→だからこそ、その気持ちが分かり
「どうすれば、気持ちが少しでも楽になるか?」
ということを常に探求し探し求めることができた
その言葉を同じ悩みを持った人たちに共有する
ことができていたのだと。
人の顔色ばかり見て
気を使い、神経をすり減らしている
→だからこそ、相手の一番話しやすい雰囲気を
大切にし、言葉一つ一つを大切にしてきたのだと
そして、それに無頓着な教員を決して許すことが
できなかったと。
少しずつ心の中で
冷え固まった魂が
熱を取り戻して
温かさと情熱が沸いてくる
小さいころの
(私ってこんなこともできるかも!)
というワクワクした感情が
こみあげてきました。
半年の休憩後
夏明けに、産休代替の先生と入れ替えで
臨時任用職員として復帰し
特別支援学級の担任
私一人だったので、主任を務めました。
そこでは、家庭に恵まれない
男の子2人の生徒を担当し
私が教師でありながら
親の役割をさせていただきました。
そこでは学校事情により
半年しか務めることができませんでしたが
離任式の日
暴言や卑猥な言葉しか吐けず
身体も歯も洗えず服も真っ黒だった生徒が
体育館のステージに立つ私に
全校生徒の前で手紙を泣きながら読んでくれ
花束を渡してくれました。
個人情報のため詳しくは書けませんが
本当にこの職場には職員にも恵まれ
生徒からもたくさんのことを学ばせてもらいました。
現在はその後、いくつかの学校を
非正規教員として回った後
非常勤職員として
家庭に恵まれないお子さんの施設で
指導員として働かせていただきながら
空いている時間に
タロット鑑定などをさせていただき
生計をたたせていただいています。
私だけでなく
あなたも多くの方から大切にされ
力になれます。
あなたとはお会いしたことは
まだありませんが、いつも
どうすれば、あなたの心に届くように
いっぱい使ってもらえるように
文章を書けばいいかな・・・
そんなことを考えながら
この30の教えを書いていました。
どこかで心が寂しくなった
蔑ろにされた
そんな気持ちになったら
ここに戻ってきてくれたら
とても嬉しいです。
必ずあなたのお力になり
あなたは落ち込む必要がないことを
証明させていただきます。
30番目
私からの最後の教えは
あなたはあなたのまま
それだから素晴らしい
ということです。
そんなあなたに引き寄せられて
繋がる関係が必ずあります。
心のままに笑顔でいてくださいね。
長いようで短いおつきあい
本当にありがとうございました。
また読み返したとき
新しいあなたとお会いし
そのときのあなたに
新しい発見を与えられるよう
私もスタンバイしております。
その時まで
これからも、ずっと
追い風を送らせてくださいね。
では、またどこかでお会いしましょう!
ありがとうございました!
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世間から偏見を持たれない占い師@モーゲン