おはようさんでございます!

 

イスラエルシリーズの3回目はキブツについてです。

 

3.キブツとは

  説明するのがちょっと難しいんでググったんだけど、小難しいことが書いてあったので自分の言葉で説明しますね。

 

  簡単に言えば農業共同体。大勢(数十人から数百人)で集まり衣食住を共にし、そこで主に農作物を生産販売しています。キブツの構成員はキブツ内に住むことが原則です。ユダヤ人が経営してるんだけど、1999年当時はワーカーとしてパレスチナ人も働いていたし、日本人や韓国人を含む(おそらく)OECD各国からのボランティアもいました。

 

  で、面白いのがこのキブツ内においての所有という考えです。基本的に全てのものはみんなのものです。つまり、家や車やそして子供たちまでが構成員全員の所有物という考えです。平日子供たちは施設に預けられ、週末のみ家族の元に帰ります。朝昼晩の食事も大食堂で全員で取ります。

 

  さすがに結婚という観念はあったんで(残念ながら?)パートナーも構成員全員の所有物っていう訳ではなかったけど、ボランティアやユダヤ人の間では結構そのあたりが緩かったです。私も恩恵に預かったとかいないとか・・・

 

4.ヤマギシ会

  ある程度の年齢の人なら、大昔に社会問題となった「ヤマギシ会」って聞いたことあると思うんですが、キブツとヤマギシ会は理念や実践が似ているように思います。

 

  でもキブツはイスラエル国内でしっかりと認知されていて初代首相ダヴィド・ベン=グリオンや、第5代目の初の女性首相ゴルダ・メイアもキブツ出身です。一方、ヤマギシ会は現在、三重県津市と伊賀市に本拠地があり750人のメンバーが共同生活をしているが最盛期からはずいぶんと人が減っているようです。興味があったら調べてみてください。

 

 

5.ボランティア

  さっきも書いたけど、ヨーロッパ各国や南米から多くのボランティアが来ていました。特にヨーロッパの若者にキブツは人気で、太陽を求めて彼らはやって来ます。2・3カ月ボランティアをして、また国に戻るってスタイルです。まあ、リゾートに来てるって意識なんで彼らは明るいしテキトーですね。キブツに飽きたらエジプトやヨルダンに旅行に行くってスタイルの人もいましたね。

 

6.キブツの韓国人

  アジアでは日本と韓国からのみボランティアが来てました。韓国人はキリスト教徒が多いってのもあって結構いました。当時私は英語が全くしゃべれなかったんで、ストレスでふさぎ込んでた時期がありました。そんな中、いつも韓国人には助けられました。飲み会に誘ってもらったり、昼間でもよく声を掛けてもらったり。「私たちは日本語わからないけど、日本語が話したくなったら、私たちに日本語で話しかけてくれたらいいよ!」って言ってくれずいぶん救われました。すごく感謝しています!!

7.ボランティアの仕事内容

  ボランティアって呼ばれてるだけど、それなりに仕事してました。朝は5時開始で朝食を挟んで昼11時に終了でした。・・・たいして働いてないか。トマトやマンゴーの収穫でした。他には酪農や造園業に従事していた人もいましたし、洗濯や炊事、キブツの売店で働くと様々な仕事がありました。

 

8.キブツでの自由時間

  午前中の仕事が終わったら次の日の朝までずーっと自由時間です。プールに入ったり昼寝したり、ビール飲んだり、シーシャやったり。まあみんなそれぞれです。そして月5000円くらいのお小遣いももらえます。キブツから住居と食事(と古着)が提供されるんで、お小遣いのほとんどはビール代に消えてました。ご飯もすごくおいしかったので、酒以外に使うことありませんでしたね。

 

長くなりました。明日はお待ちかね(?)のキブツ内の恋愛事情です!

 

ほなさいなら!