今回は現代教員の人間性を中心に書きたいと思う。
まず、言えることは基本は自分さえよければそれでいいと思う人間が増えてきている。熱心に仕事し、組織を立派にしていこうとしている人達は、もう皆無に等しい。
それはなぜか?
1やることが多すぎてこなすことができない。
これは、国や文科省の方針で「脱ゆとり」と叫んでいることが、大きく起因している。例えば小学校では外国語の時数が増え、自ら指導しなければならない事態が迫ってきている。若い世代なら大学が対応して多少のスキルは得ることができるかもしれないが、ミドル以上の世代は学生以来の外国語と言う人も多い。
で、恐らく、研修等でスキルを得なさいと指令はくだされるかもしれないが、そこの時間はどこから確保されるのか?日々の忙しさ+研修など無理なのである。
これだけやるから教育に安心してくださいと言っているつもりかもしれないが、やることを増やすだけで教員の負担だけ増やしているのは単なる親会社が下請けに無理難題をふっかけっている構図と変わらない。下請け(現場)は、過重労働を強いられ、皆、日々を生きるだけで精一杯である。そんな中で教員という世界に魅力を感じなくなり、去っていく者は少なくなっている。

2自分の利益や権利を主張する教員が増えた。
これは1の状況を引き継いでいるが、教員の給料は世間と比べると実はかなりいいと言える。
なので、この世界には残りたい、でも、苦労や負担を受け入れたくないという人間が増えてきている。まあ、外から見ればなんてわがままな人達なんだと思うかもしれないがこれが事実である。
そのしわ寄せは、何も文句を言わない、真面目な人達に行く。そのため、何もしない人達は何もしないから子ども達に還元するものがない。
さらに仕事を増えてきている人達は、多少の還元は児童にできるかもしれないが、本来のその人達がもってるポテンシャルが発揮されずに終わるためトータルで見れば、全然子ども達の教育には還元されないのである。
次回は番外編でクソ教師の裏側を紹介します。