こんにちは爆笑


明日で2月になってしまいますが、今年も宜しくお願いします目がハート


さて、私ですが、去年の8月にたまたまパニック障害で漢方に通ってる主治医の病院で血液検査をした時に食後の血糖値が190もあり、200あったら糖尿病とう診断を先生にされて、かなり深刻に落ち込み笑い泣き


糖尿病予備軍になりましたガーン


因みにその時のHbA1cは5.4です。

なんとかセーフ予防


それから、運動と食事を私なりに頑張ってきましたグラサングラサン


 そもそもパニック障害気質の人は糖質を取り過ぎな傾向があると、先生に言われて減らしてきたものの、空腹時ではなく食事後の血糖値まで調べる事もなく何十年もきてしまったのです。


食事後なるべく早く運動をするという事、菓子パンなどのパン類、白米、うどん、スパゲッティなど炭水化物を減らし、玄米や大麦、パンも糖質が低いものに変えて、野菜、たんぱく質、海藻などを意識するようにしました泣き笑い


運動と食事で体重も、MAX59.8キロ➡51キロまで落としましたひらめき


しかし、そんな生活をしても食べるものによっては、食後の血糖値は爆上がりする物もあります。


サツマイモが大好きで、先生もケーキ食べるならサツマイモならミネラルも食物繊維もあるからOK!だと言われて、焼き芋は糖分が高くなると聞いたので、蒸してわざわざ冷凍した蒸し芋を食べてました。


仕事から帰ってきて空腹時にサツマイモも胃袋に ロックオンしたら、、、、

驚く数値が叩き出され、ガーンガーン

びっくりです。



普通の人は食後140までが正常範囲です。
サツマイモ!200いきました。初めての数字で白目になった私は、慌てて食後血糖値を下げる運動を10分したら、急に爆上がりしたので今度は急に爆下がりガーン

血糖値は、緩やかに上がり緩やかに下がらないと、血管を傷つけるので危険だそうで、この一連の流れにぐったりでした驚き

サツマイモは、少量を少しずつ食べる事にしますスター
因みにかぼちゃも、爆上がりします笑い泣き

最近の私は血糖値に振り回されています爆笑

5年後、10年後の自分の為に ほどほどにやろうと思います飛び出すハート

また、血糖値 に振り回されてる私のストレスをここで発散指差し笑させてくださいませお団子

では~目がハート

続きです。ウインク

題名通り喪主は主人ではなく、姉でした。


もちろん姉は結婚して姓が違います。

葬儀は義姉家族と私達家族のみです。

義父の親戚の方が二名お通夜のみ。

と、私の両親がお通夜のみ。 私の両親と兄二人が供花を出す予定で手配中でしたが、義母の希望で辞退したいという事でなしに。

本当にひっそり、こじんまりと葬儀希望みたいです。なので、一人で身動き出来ない主人が喪主になっても、私が大変だったり、主人が寝不足になり身体を壊してもいけないと思ったのかその辺りは全く相談もなく、何もなくわりません。義母から喪主は義姉と聞かされた主人はショックだったと言ってました。


私達夫婦の代わりに、義姉が義母と共に義父をずっとサポートしてきました。


私達夫婦は何もしてません。なのでそんな出しゃばるような事は言えません。そんな気持ちもサラサラないです。


むしろ義姉に感謝してます。


この約二年間、私達夫婦もがむしゃらでした。今も現在進行中です。一日一日終える事に精一杯でした。


喪主が義姉と聞き、私の母に電話した時にワンワンと泣いてしまいました。


相談して欲しかった。一言声をかけて欲しかった。

主人はもう相談相手にもならない存在なのかと。

もう主人は、いらない子で頼りならない子なのかと。

あてに出来ない子なのかと。

生きてるのに存在がない子みたいじゃん!

生きてるのに死んだ子みたいなあつかいじゃん!

会社でも負い目を感じ遠慮して生きていて、

自分の親が死んだ時もこれか。と、私は母の電話口でワンワンと子供の様に泣いてしまったのです。母は、そうだね、そうだねそう思うよと、聞いてくれました。


電話口で、兄と変わりました。大泣きの私に

兄は言いました。

大病してるから母親なにり、息子に負担をかけたくなかったんじゃないかと。

それに喪主は大変だから、無理してまた脳が詰まったらそっちのが大変だぞ。甘えて使える所はありがとうございますって言ってやってもらったらいい。ただ、相続の問題は喪主をやったからとかそんな事は関係ない話だから、すぐに何でも返事や印鑑押すのではなく、一旦話を持ち帰って冷静に考えろ。と、言いました。


実際喪主は主人には、務まらないです。

なので、義姉にやってもらって良かったんです。

でも、ただ一度相談してもらいたかっただけです。

何故なら、主人の会社に書類を提出するから。

実際に葬儀の弔電は主人の会社の社長と他の役員会からの二通のみでした。


義姉の夫の会社でも、義姉のパート先でもない。


喪主が姓が違う姉の名前で会社の人は疑問だっと思う。

あー、やっぱりね。なんて思ってるかもしれない。そうやって、思われて欲しくないと思った。


そんなプライドは捨てればいいと母も兄も言いました。

プライドなのかなぁ?プライドかぁ。


ただ、会社でも肩身が狭く自分なんていてもいなくてもいい存在と思って仕事をしていて、自分の親が亡くなった時もやっぱり自分はそんな存在なんだと感じてるのがなんとなくわかったから。


喪主のお義姉さん家族が優先で、主人より義兄が優先される姿を見ると胸が痛み、会社からの弔電は、主人の会社のみ。でも喪主じゃない。


胸が痛みましたが、義父の新たな旅立ちを快く送り出したいと思い主人と

「仕方ないね。私達は自分達の生活が精一杯だから、お義姉さん達にやってもう、これでよかったんだよ。」と言って気持ちをなるべく切り替えるようにしてました。


なんなら、本当は義兄にも感謝すべきなのかと今、気づいたぐらいです。←おそっ。


義兄の協力や理解もないと、義姉もやれないわけで、、、。


うん!そう思おう!


と、今ブログを書きながら自分の心も整理しながら書けました。


ぐちゃぐちゃ書いてすみませんでした魂が抜ける


49日までどこかでこっそり、義父がのぞいてると思って、心清らかに過ごします。←今更遅いですが笑い泣き笑い泣き

随分、お久しぶりのブログですおねがい

元気です照れ


12月27日、ずっとずっと口腔ガンの治療をしていた義父が他界しました。73才でした。闘病期間は1年7ヶ月


思えば私達夫婦が結婚した時から、ずっと病気で、咽頭ガン、肺がん、肝臓ガン、脳腫瘍、脳梗塞、口腔ガンとこの15年間ずっと病気と共に生きてきました。


いつも会えばそんな感じもなく、病気をしている人なんて一ミリも感じないぐらいです。


主人が約二年前に倒れた時、同時に義父の口腔ガンも見つかりました。


それでも、主人のお見舞いに毎日義母と来てくれました。


沢山の病気を抱え、沢山の不安な気持ちに襲われ続けてきた義父は、当時脳梗塞で倒れて死にかけた主人に強めな言葉をかけました。


高次脳機能障害という病気を知らない、理解出来ない義両親に対して私は当時も、そして義父が亡くなる数日前まで反発的な気持ちをもっていて、義父が入退院を繰り返し闘病中だと知りつつも、コロナにかまけてお見舞いをしませでした。


そんな出来損ないの嫁でしたが、主人には一応

「義父に会わなくていいの?私に遠慮しないで。連れて行くよ」と、声をかけていました。

でも、主人は頑なに義父に「会いたい」とは、言いませんでした。


義母とは時より、私が具合が悪かったりで会社まで迎えに行けない時は義母にお願いしていたので主人とは会っていましたが、義父とは約二年も会っていませんでした。


それが12月になり、義母から

「お父さん年越せるかどうかと主治医に言われた」と、連絡が入り、既に入退院を短いスパンで繰り返していました。そのタイミングを見て主人が初めて「お父さんに会いたい」と義母に言いました。


なので数時間ですが会社の昼休みに義姉が会社まで迎えに来てくれて、(実家と会社は近い)実家で義父に会う事ができました。


主人は約二年ぶりに義父と会う事ができましたが、できの悪い嫁私は全く会えないまま、義父が亡くなったと聞い初めて葬儀会場で会いました。


小さく痩せていた義父を見て、申し訳ない気持ちがいっぱいでした。


義父は長女と次女を赤ちゃんの時から、沢山可愛がってくれて、次女を産み里帰りから帰って来た時は長女と毎日公園へ出掛けてくれました。いつも長女を膝の上に乗せて、義姉の子供は二人とも男の子なので、娘二人をとてもとても可愛がってくれました。それなのに私の反発心から、大きくなって女の子らしくって、年頃だけど優しい孫娘を見せてあげられなかった。


その事が一番心に引っかかりました。


葬儀会場に着いて一番に義母が

「ごめんねぇ、こんな雪の日に。いつもなにも手伝ってあげれなくてごめんね、喪主の事もごめんねぇ」と、泣きながら私にいいました。主人の事です。


「私の方こそなにも力になれなくてすみませんでした。今日もすぐに駆けつける事が出来なく遅くなりすみませんでした」と。


この約二年間の私のわだかまりがほんの少しだけ解けた気がしました。ほんの少しです。


娘と主人と義父があの世まで迷子にならないように、鶴が道案内してくれるようにと、折り紙で鶴を沢山折り、棺の中に納める事が出来ました。沢山のお花と鶴と、義父の帽子と野球のユニホームとプリンと羊羹と、新聞を読むのが大好きなので新聞を添えました。


無事に義父を送り出す事が出来ました。

私達夫婦はなにも力になれなかったですが、

義姉に感謝です。


長くなりましたので続く~チュー