22日0時24分
先生の死亡確認は2時27分

母が天国へ旅立ちました。


どんなときでもまわりを気遣い、とても強い
自慢の母です。

18日17時に熱が出てしまいました。
急いで訪問看護の先生に連絡をし
指示をいただきました。
段々と反応がなくなってしまった母。

看護師さんに外へ呼ばれ、
【会わせたい人を読んでください】と。

努力呼吸をしている母。

都内にいる弟(息子)は20時30分につく予定
新潟にいる叔母はもう次の日でなければこれない状態。

看護師には弟さんは間に合うけれど
妹さん(母の)は間に合わないかもしれないと

 電話から呼びかけてもらう。

そんなこんなで皆が見守り
日付がかわって1時半

なんと母が呼びかけてに反応し意識がもどりました。
  
それから骨がでっぱっているおしりがいたいと。  


4時半に
母が皆ひとりひとりに 手をあわせありがとう
と。
そして新潟の妹(叔母)はまだ来ないのかと  
私はみんなにあってお礼を言ってから死ぬんだと


19日に、叔母と私のいとこ、いとこの旦那さんや子供たちかあつまり
皆で母を囲んで食事をとり談笑したり。 とても素敵な時間を過ごしました。

19日夕方。
叔母の旦那さん(10年前になくなっている)に塩ラーメンを届けに行くから
ここに持ってきてほしいといい始める(終末期せん妄)
 
左手をじーっと見つめる(手鏡現象) 

夜、ストーマから出ている血がいつもと違う匂いがする。

黄疸がひどくなる

20日
段々と意思疎通ができなくなってくる。
在宅医の先生が来てくださる

外へ呼ばれ、終末期せん妄が出ていること。
出血が止まらないのは癌から出ていること
出ている血が前日よりもサラサラなのは
肝臓が機能していなく血液の凝固ができなくなっていること。 
においは、臓器の組織が血液にとけて流れてきていること。

今日の明日どうなってもおかしくないこと。

今は痛みがないが痛くなることもあるので、モルヒネを出すと言われました。

18時
喉のあたりがゴロゴロしているなとおもったら
吐血。
誤嚥をしないようにすぐに横向ける

意識がはっきりしていて
子ども達に 
ばあばは大丈夫だからね。と呼びかける
そして死にたくないと言う。
  
21日
お昼
再び吐血

20時下顎呼吸をはじめる

22日0時24
皆に見守られて静かに呼吸がとまる。

28日葬儀をおこないます。

とてもいい顔で笑いながら眠っています。

家につれて帰ってこれて本当に良かった。  
苦しそうに呼吸しているのに何回聞いても大丈夫という母
 母にはかなわないや

まだまだしてあげたいこと、たくさんあったけど何もしてあげられなかった 

まだまだ教えてほしいことたくさんあったけどもうはなせない

でも、私頑張るから見守っててね

たくさんたくさんありがとう
18日から意識がもどって生きてくれたのは皆の後悔を少しでもなくすためだよね。
さすがだよ。かなわないよ
たくさん頑張ってくれてありがとう。

ずっと母の姿も見ていたにまだ信じられないや

涙だって出てこない