一晩経って…
嵐ロス…過ぎて仕事が手につかない。
そんな人もきっといますよね。
かくゆう私がそうなのです。
昨日の昼間は強がってたくせに
今は空虚のまま…
そんな時にSNSに流れてきた
なぜ人はロスになるのか?という話。
嵐がいなくなることへのロスではなく
嵐と過ごした幸せな時間
幸せだった自分を失うことへの
喪失感がそうさせるのだと。
なるほど…そっか。
うん。じゃあ向き合おう。ちゃんと。
なぜなら私は人生においていつも
嵐に救われてきていた。
ジャニオタだった10代後半で
初めて…ジュニアだったにのに
手を振ってもらえた日から。
それからジャニーズからは
少し離れていた。
20代は…禁断の恋に費やしていた。
でもお相手とは別れた。
別れざる終えなかった。
寂しさの中
また嵐と出会った…10周年前後。
こんなにも立派にカッコいい大人に
なってる5人に完全に持っていかれた。
そこから毎年ツアーに参戦させて
もらえた。いろんな手を使ってたよ。
もちろん。今ほど厳密じゃなかったし…
2013年に肺炎で長く仕事を休んだ。
その時も毎日にのや嵐さんたちの
過去のドラマを観ていた。
1ヶ月外に出れなかったけど…
毎週木曜日にはVSとひみあらがあって
土曜日にはしやがれがあって…
テレビの前に嵐がいたから元気になれた。
2015年も同性愛の方との恋愛に
悩んでいた。つらかった…
でもツアーが決まればそんなことも
忘れて前向きになれた。
どうせ相手にされない恋。
2016年ににのあい担になった。
いろんな偶然が重なった。
でも…宝物をもう一度見つけられた
気がして、これまで以上に
のめり込んだ。
2019年の1月。
原因不明の病気になって…
苦しかった時も
4月の東京ドーム参戦までに
復活しようと頑張れた。
その1月に休止発表があったけれど。
2年という時間はちゃんと心の整理をする
時間が持てた。
2020年…ここが1番きつかった。
コロナのせいで母が亡くなった。
病院の医療ミスもあった。
私が近くに居られなかったから…
気づいてあげられなかったから…
そうやって自分を責めて
母の期待に応えるためだけに
生きてきた人生だったんじゃないか?
って思っていた。。。
毎日死ぬほど泣いた。
でも1週間後…森ビルで大野くんの
個展のチケットが当たっていた。
母が大好きだった…大野くん。
友達に誘われて…泣きながら行った。
でもこうやって…
小さな楽しみとか幸せを
毎日噛み締めながら
生きてくんだ。って思えたんです。
大ちゃんの個展があって良かった。
年末もギリギリまで嵐と過ごせたよね。
休止に入ってからも。
共演があるたびに
待ち遠しかったし…
ずっとずっと再開を信じていた。
にのあいのラジオに本当に助けられたなぁ。
2人が話す言葉はどこか似ていて
同じ空間にいることをいつだって
想像させてくれた。
きっとラジオだから気づいたこと。
私がこうやって前向きに
幸せを感じながら生きていけるのは
嵐がいたから。
嵐の音楽があり
嵐の笑顔があり
真摯に向き合う姿に
本当に何度も何度も助けられた。
にのも相葉くんも翔くんも
きっとテレビの前にはいてくれる。
でも…『嵐のにの』は…もういないんだよな。
って…
好きだからこそ
その笑顔や表情の違いを
感じられるんだよね。
そして…本当に勝手だけど
大野くんは?
あの素晴らしい才能の集まった
花束みたいな人は?
もしかしたら私は嵐のライブでは
誰よりも
大野くんを見ていたのかもしれない。
素晴らしい歌声とダンス。
今は…本当に小さい願いゴトだけど。
オフィスにのに大野くん
所属してくれないかな?って。
にのならオジサンの好きなように
やってくれればいいよ。って
ならないかな?
→とか言いながら働かす。笑
…でもね。
向き合ってみて
こうやって書いてみて気づくんです。
結局はちゃんと未来を向いてる
自分がいるんだって。
にのは挨拶の中で一度も
4人への言葉を伝えなかった。
嵐への言葉を伝えなかった。
ジャニーズへの惜別だけ。
最初は複雑だったけど。
でも…嵐とは別れるつもり
ないってことだよね??
ねぇ。この人本当にいつか
ジャニーさんみたいになって
嵐集めるんじゃないか?って
思ってしまう。
そして…どうしても最後の
あの早口の『大好きだよ💚』は
あの日のアンサーに聞こえてしまう💛
今の心境はこんな感じです。
皆様はどうですか?
私は諦めないよ。
では!!!お仕事しますね!!!