我々はロビーに移動し、彼と久しぶりに話しをした。
彼はどうやって死の淵から生還できたのか。
彼の答えはこうだった。

生還できた要因は医者にもわからない。医者でさえ存命率は1割以下と考えていた。だから貴重な例として東京女子医大の臨床研究対象になっているらしい。

本当の要因についてはわからないが、ただ我々は今こう思っている。
彼が助かった要因は、薄れていく意識の中でも、まだオレは死ねないと強く気持ちを持ったことと、運良く東京女子医大に入院できたことだと。
医療設備が充実していること、ドクター達がチームを組んで治療に全力をあげる体制が整っていることでは、この病院は都内でもトップクラスであるらしい。

面会時間の19時を過ぎたので、奥さんと娘さんに別れを告げ我々は病院をあとにした。
それで飯でも食おうと言うことになり、バスですぐの新宿のとある居酒屋に入った。
みんな気分が滅入っていたためか、気がつくと溜め息ばかりで早々に店を出た。
わたしはホテルに戻り、次の日の飛行機で福岡に帰ってきた。

福岡に帰ってきて数日経った頃だろうか、奥さんからメールが入った。
なんと我々が見舞った次の日あたりから肝臓の機能がわずかずつであるが回復してきたというのだ。
一瞬信じられなかったが、もちろん嬉しい知らせだった。

その後定期的に病状を知らせてくれた。酸素マスクは外され、意識もしっかりしてきたということだった。

すぐにでも本人に会いたいと皆思ったのだが、外部感染予防の観点から面会は控えた方がいいという病院側の意向により、もう少し落ち着くまで見舞いは延期しようということになった。

そして前回見舞ってから約40日後の11月15日に、またみんなで見舞いにいった。
そうしたところ、彼は普通病棟の6人部屋に移っており、点滴も受けずに暇そうにテレビを見ていた。
あのまさに死にそうだった男とは別人であった。
我々は握手を交わし、抱擁しあった。
今日東京から帰って来た。
30年来の友人を見舞いに行ったのだ。
1ヶ月前に突然彼の娘さんからメールが入り、父が危ないと言う。すぐに電話したところ、劇症肝炎だと言う。
劇症肝炎? なにそれ?
慌ててネットで調べた。
驚いた!
急激に肝臓の細胞が壊れていく病気で、主にB型肝炎ウイルスが原因だそうだが、確たる治療法がないという。
生体肝移植が最後の手段らしいが、それでも存命率は30%以下。
すぐに友人達と連絡を取り合って、次の日東京に飛んだ。

入院先の東京女子医大病院で彼の奥さんや娘さん、友人達と落ち合った。
本来は家族以外面会謝絶とのことだが、彼に会えるのは最後かもしれないとのことで医者から特別に許可が降りた。
ICU治療室に入ると、酸素マスクを着けた彼が横たわっていた。そばに近寄って声を掛けたが、意識朦朧の状態で反応はなかった。
5分程度で治療室を出た。
残された治療法は、肝透析をしながら肝細胞が自力再生することに期待するか、肝移植を受けるかの二つしかないとのことだった。
透析も7回までが限度で既に5回やったとのことで、あと2回しか残されていなかった。生体肝移植を受けられるのも、二人の娘さんのうち一人からだけとのことだった。