感謝感謝

ありがとう

これまでいっぱい笑わしてもらって優しくしてくれて、、

彼女のプレゼント選びとかついてきてくれたり

今日イオンいこうぜとか言ったら俺もちょうど誘おうと思ってた!

とかちょいちょいあったし、

二人で買ったバイハ途中までしかできんかったし

親より先に死ぬなんて、、。

最後まで親の言うこと聞かんかったな、

あいつは棺の中で笑ってた

俺らは泣いてた

あいつが笑ってるのに俺らが泣いてていいんかな?とか思ったけど

涙は止まらない

涙は枯れてくれない

あいつが生きたかった一日一日を無駄にだらーっと生きることなんかできへん

必死にがむしゃらに今を生きよう

あらためて命の尊さとか

いかに友達が大切かとか

当たり前が当たり前じゃなくなった瞬間ってのをはじめてあじわった

出来ればもぉこんな悲しい想いはしたくない。

もぉ誰も連れていかないでくれ神様

もっと話したかった
遊びたかった
ツーリングで思い出作る約束してた

あいつの結婚式とか行きたかった
俺が結婚するときは来て欲しかった

そういう喜びとか分かち合いたかった

またどこかで会えるといいな。

今日はごっしーのお通夜にいってた。

最初学校終わって陽介から電話かかってきて言われた瞬間意味わからんかったし理解すら出来んかった、

嘘であって欲しいとか信じられへんとか思ったりでもおわけわからんかった。

そんでみんな集めていっていってきた。

バイトの人や学校の人、小学校や中学校が一緒やった人とかほんまにあいつは幸せ者やな、人気者やなって嫉妬するくらいに思ったわ。

今にも起き上がってアホなこと言い出しそうな感じやったし、

あいつとは小学校からの付き合いで中学校と仲良くて高校は離れたけどよく遊んでたし、バイトも一緒やったし、あいつと喋ってたら素でおれたしほんま最高の友達。

何があったって忘れん!

中免とったら走りに行こう!
って約束してたのに、、、

なんでなん?
ほんま、、

いきなり過ぎて意味わからん、

未だに信じれへん
実感わかん

運命って残酷やんな

もっと早く免許とってれば走りにいけたのにな

自分を恨むわ



ぶつかった時にはまだぎりぎり意識はあったらしぃ、

そんで病院回されて間に合わんかったって、、、

回されんかったら助かったんじゃないん?

ってすら思う

今も何処かでアホなこと言って笑ってたらええな

それじゃないとあいつらしないしな

五月十四日

この日を一生忘れない
あいつのことも
これまで一緒にばかしてきた日々も
絶対に、、



今日は東日本大震災からちょうど二年ですね。

そして自分が中学校を卒業してからちょうど二年の日でもあります。

あの日自分は卒業式を終えそのままみんなでわいわいして騒いでいました。

巨大地震があったことも知らずに、、

七時頃に家に帰りました
家に入りリビングへ向かうと一番最初にテレビが目に付きました。

今でもあの光景を忘れられません。

これまで見たこともないような光景でした、

ただただテレビを見て唖然とするばかりでした。

自分たちが卒業にうかれて騒いでいた時に地震がきていたのかと思うと申し訳ない気持ちでいっぱいになりました。

私達には何が出来るのだろう?

そう考えても当時15歳の自分には募金というものしか思い浮かばなかったのです。

その日から少しずつ自分のお小遣いから募金をしていきました。

少しでも力になれば、、と

それから二年、、

復興へ少しづつ歩き出した被災地の皆さん


少しづつ笑顔も戻りつつあります。

何より被災地の皆さんが前向きで何事も諦めないところがすごいなぁと感心してしまいます、

もし自分が、、と考えると僕は前向きに歩けていたのだろうか?と、、、

そう思うと自分が情けなく思います。

何年後かには被災地という言葉もかすれるほどに復興した姿をみたいですね。

そのためには支援がまだまだ必要でしょう。

その支援を行っている人々に感謝です。

自分が出来ない代わりに、

そして未だに行方不明の方も沢山います、

まだ生きてるのでは?死体だけでも、、一目みたい、

と色々な気持ちがあるでしょう、

早く見つかるといいですね。

そして東日本大震災で亡くなった方々にご冥福をお祈りいたします。

再度自分に何が出来るのだろうか?

と皆さんも自問自答してみてください。