雨の中傘をさして
ちょっきんちょっきんと、ハサミで切る。
気が付けばひとり、ちょっぴり寂しいなと思ってしまう。
育児に悩みがあって、子供をベランダから落としてしまったニュースや
子供の将来に不安を感じて一緒にお空へ旅立ってしまったニュース、
想いが溢れて言葉になりません。
庭が大荒地野菊で埋め尽くされ、回覧板を溜め込み、朝まで部屋に電気がついていても、とがめる人はいれど、救いの手を伸ばさなければとアクションを起こす人はなかなかいません。
人と人の距離というのは難しいものですね。
今日は生きてた、明日も生ききれるだろうか。
朝、目を覚まして「今日も頑張ろう」と思うのに、夕方にはどうやって心中しようか考えている。
ご飯の食材を買いに自転車を走らせながら、声は殺せても涙は止まらない。
下を見てしまったら落ちる綱渡りのように、必死に前だけ見て生きる。
沼の底を漂うような数年間の間に成し遂げたことは、「ただ生きていた」ということだけです。
だけど、この「ただ生きていた」ということは、本当に尊いことなのだと、できれば胸を張りたいのだけど、なかなか難しいです。
みんな頑張ってるのに、私は今まで何をしてたんだろうなって、俯いてしまいます。
雨の中傘をさして、
静かに雨にうたれる植物を眺め、
やっぱりひとりじゃないかもしれないと思いなおします。
大荒地野菊の影で待っていてくれた子たちがこんなに頑張って生きてるのですもの。
一時はどうなることかと思った私の家族も、まだちゃんと全員生きてるんだもの。



