夏祭り真っ盛りの今日この頃 。ふと人の拠り所になるのは何かを考える。宗教か、お金か…はたまた。


今年の京都祇園祭の宵山30万人超えの観客が本当かは別として実際は誰がやっているのかわからない。

コロナで表向き中止となった疫病退散のお祭りは翌年に復活したが、四条河原町から帰って来て自分がコロナにかかっていたオチがついたのも今となっては笑い話である。


教育と人口一極集中とスマホの影響は民度を変化させている上に資本主義まみれの今は、天災も人災も含めて大きな変化の前触れのように見える。


ヒエラルキー崩壊への布石だと信じたい。


何が拠り所かは結局自分の中にある。それは宗教でもスピリチュアルでもなくて、自分が体験する全てに意味があり、自分の本性を気付かされたことへの感謝によって昇華されていくものだと湧いてくる。

それが1つずつ完了されていく流れは恐らく、人生ゲームの上がりと似たものだと感じている。


楽しいお盆休みを👋


ツチダラボ