コロナ感染症の最初の報道は、

 

2019年12月31日の正午過ぎ―

 

WHOの発信は、翌1月8日

 

中国における死者は1月20日

 

日本での感染初確認は、1月16日だった。

 

あれから、1年―

 

 

ペンローズの無限階段の動画を

 

見る機会と 『ノモンハンの夏』を書いた、

 

半藤一利氏の訃報が重なった。

 

氏は、

 

歴史を、現代に常に結びつけて考える人、であったという。

 

 

無敗を誇った日本陸軍がソ連軍と戦って、

 

完膚なきまでに敗北した1939年。

 

無計画。

 

自己過信。

 

優柔不断。

 

鈍感。

 

血と地と知に

 

呑み込まれざるを得ない人間。

 

それらは反省されることなく

 

太平洋戦争に引き継がれた。

 

 

そして、

 

コロナとの戦いだといわれる昨今。

 

 

権力が一点に集中して

 

自浄作用を事欠いたこの国は、

 

言葉無きリーダーたちの許、

 

まさか・・・まさか・・・といううちに

 

『茹でガエルの実験』のカエルのように、

 

わたしたちは、ここに到っている。

 

 

 

そんな私たちにできることは、

 

他者への思いやりの心を育むこと。

 

そして、

 

リーダーや世論を牛耳り、

 

コントロールする人たちの言動を観察するとともに、

 

自分という『個』の、

 

生き筋を俯瞰することに限られる、と思う。

 

 

その上で、

 

古い考えに止まり続ける人/

 

時代の要請に応えて自分を新たにしていく人

 

それぞれの立ち位置の自分を

 

イメージしてみることかもしれない。

 

 

ペンローズの無限階段の動画を

 

観ていたら、人間の業の象りのように

 

感じられて、泣けて泣けて仕方がなかった。

 

 

 

後者は、『未知』だから、

 

そこにダイブできる人は限られてしまう。

 

 

ちょうど二年前、職場で、

 

この実験を試みる決意をして、

 

実行に移した経験から、

 

自己の無限階段と

 

社会的なエスカレーターから降りる

 

大変さは、よくわかる。

 

 

だけど、

 

その体験を経たから、今の私になれた。

 

 

どちらにしても、苦しいのなら、

 

新しい自分を生み出す

 

陣痛にした方がいいや・・・と

 

私が思えたのは幸いだった。

 

 

またね新月満月