一昨日綴った、「跳び」体験は、
日々の生活を送る中で、
「止観」という、自分自身の心へのDiveによって、
思いがけずもたらされた、
恩寵のような出来事だった。
9日、「雨の日に―」に歌のこと、
「これからのために生きてきた」と綴ったのは、
2010年1月1日付 7行目の言葉に、
「ようやく追いついた」、と感じたからだった。
そして、
この先に向かってゆくことができる、という喜びで
胸が一杯になってしまった。
だから、まずはここに記しておいて、
いつかその仔細を認めよう・・・と考えていた。
自分の想いばかりで、
歌詞を受け止める相手の気持ちに
重心がなかったことを反省した。
また、その翌日、「止観①」を綴ったのは、
「この縁あっての今の私。本当に、ありがとうございます。
お陰様で―」という、気持ちからだった。
2500年前、あの化学反応を体系化したブッダの智慧を
分かち合いたかった。
2009.2.23 No.4
コミュニケーションの齟齬を埋めることができるように、
私は一層、努めたいと思う。
またね![]()
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