今日の14時過ぎ、
仕事を終えて着替えているとき、
彼と彼らの刑の執行を知った。
宗教の名を借りた無差別殺人事件―
20世紀末、
現代社会の荒廃の一端を物語る事件だった。
帰路、
当時うけた大きな衝撃を思い出しながら、
ペダルをこいだ。
時は、バブル最盛期から崩壊、
阪神淡路大震災の起こった頃だった。
覚醒者を自称自認し、
そのようにふるまうことで
飽くなき渇望を満たそうとした男。
その人物の奸計のかかった若者たち。
―とはいっても、
彼らが自己の自由意思と弁別力を放棄した罪と
無辜の市民への残忍非道は消し去ることはできない。
ただ、断罪するだけで終わらせず、
同時代を生きる私たちに、
学ぶことがあるとするならば、
時代精神ともいえる、
心の空洞化と
耐え難い焦燥感が彼らにあったということ。
それは、事件を伝える記事や
村上春樹氏の「約束された場所で」などから、
詳細を窺い知ることができる。
今日で終わりではない。
社会の悲惨はますます露わになっている。
だからこそ、
弁別力と自由意志を鍛錬して、アンカーにせねば。
時代の流れに呑み込まれないように―
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