昨日は、土曜勤務で、
大変な混みよう・・・
疲労困憊して、
すっかり、生活リズムを乱してしまった。
今日はほとんど、眠って過ごす。
時おり、アン・ウイルソン・シェフの著書
『嗜癖する社会』を読む。
この本は、20年以上前に手にし、
私の生き方の骨子となる視点を付与してくれたもの。
久しぶりに読み返し始めて、
当時より、深い共感が得られるのが嬉しい。
社会病理の背景に気づき、
逸脱を肯定的に捉え―
つまり、
嗜癖システムを浴びたことによって生じた障害から
「底つき」の体験を経て、回復することによって、
個人的な見解を理論にまでつなげる。
次に、
その理論を実践することによって、
自分に関わる人々に、
個人的な経験に基づいた情報を供養する。
私は20年を経て、提供ではなく、
供養という言葉を用いるようになった。
情報の提供者は、信頼できる人でなくてはならないからだ。
私にとって、
もっとも信頼できる人とは、
正直にこう語る人だ。
「あなたがどんな気持ちでいるかわかりますよ。
私もかつてそうだったのです。」
私が、斎藤学氏や、高橋和巳氏を信頼し、
読書という1.5の対話を重ねてきたのは、
彼らが精神科医だから、というだけではない。
臨床で出会ったクライアントたちの
生の声、声なき声の価値に気づき、敬意をもち、
掬い取るようにして、
言葉を紡いでいる人だったからだ。
名も無い者たちが語る、真実の発露としての言葉が、
どれだけ私を支えてきただろう。
その恩恵を想うとき、
私は、誠実を自らに厳しく課す。
この忍土にありながら、
生身を晒す。
汚れても、汚されても、
私は回復し、浄化の道を歩む。
そうやって、
一隅を照らし、社会の変革を試みる。
これが、私が病んだ理由だと言える日まで―
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