病いをスライブしたら、始めよう、と思っていることがある。
先月の半ば 病院を受診し、主治医の判断で他科の医師を紹介された。
この医師との会話の中から、
ライフワーク―自らを具体的に捧げる「場」を見出すことになった。
いにしえより、太母につながる女たちが繰り返してきた
「次のいのちのために、このいのちを使おう」という営み。
私が小さなひととして、父の娘として、職業人として、
また、この病を得、自らの命をみつめ味わってきたことのすべてが
いつかその場で出会う幼子の希望になるように・・・
「これが、私の心臓の音」―
傍らにあるだけで もはや言葉も必要とせず、
互いの経験を理解する、そんな眼差しを湛えた者に
私はなりたい。
その果てに「場」そのものになれたなら、本望だと想う。
また、明日ね![]()
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