今回の体調を崩すという、「No」の壁によって
私は、歩みを停めざるを得なくなっている。
このことが何を呼びかけているのか、自問する時が続いている。
近年の私にとって
「No」は「あきらめなさい」という天の声ではなく、
むしろ、目前の壁をブレイクスルーして願いに到るために、
自分の何を、どの点を変える必要があるのかを探す手がかりだ。
大切な時に差し掛かっているからこそ、
「私」の限られた知覚を手離して 源からの促しを待とう・・・と思う。
きっと大丈夫のような気がする。
サグラダ・ファミリア(聖家族教会)の設計者A・ガウディの言葉が響く―
「神はお急ぎではない」
私たちはよく耐え、基礎づくりの「ここまで来れた」、幸いだと思う。
いつも、ありがとう(^-^)
また、明日ね![]()
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