遍澄―


1801年、越後の三島郡島崎村で錠前鍛冶屋の長男として誕生。


早年より本に親しみ、「鍛冶屋良寛」とあだ名される。



15歳のとき、良寛に弟子入りを請うて許され、五合庵に迎え入れられる。


このとき良寛59歳。 


良寛は生涯に2人の弟子を取ったが、その初弟子。




謙虚、実直な人柄で 老境に入った良寛に真心でよく仕えた。


遍澄の存在は 良寛に学問や詩歌、書に打ち込む精神的余裕を与え、


良寛芸術を支えた最大の貢献者とされる。





1831年1月6日、良寛はこの愛弟子の膝を枕に大往生を遂げた。



豊かな画才があり、良寛の肖像を後世に伝えた。





また、明日新月満月