こんにちは。
大橋 利恵です。
世の中には
・空気が読めて
・オールマイティで
・視野が広くて
・処理能力が高くてetc…
・いわゆる「デキる人」
なタイプと
・空気が読めなくて
・不器用で
・自分中心的で人の話を”聞けない”、
・勝手な解釈で生きて怒られるetc…
・いわゆる「どんくさい人」
なタイプ
にわけられるそうだ。
そして
「デキる人」と「どんくさい人」には
それぞれ、“合う頑張り方” があるのだそうだ。
私は私のことを「そこそこデキる人」だと思っていた。
そう思いたかったし
そう思われたかった。
そうやって自分に重い負荷をかけることが
「頑張ること」だと本気で思っていた。
そしてみんなそうやって生きていると思っていた。
何度か同じパターンで体調を崩した頃から
本当は薄々、
「なんかこれ、違うんじゃないかな・・・」
と気付いていたけど
ムリして頑張ってるとか認めてしまったら
今までの”作り上げてきた私”が
ガラガラと崩れてしまうような気がしたし
もっと楽に気持ちよく、簡単に生きていいなんて
そんなのズルいと感じていた。
そんな時、古くから付き合いのある友人が
「頑張ることがしんどい。
ダメなやつと思われるのが怖いから頑張るけど
頑張ってもうまくいかない。」
と嘆いていて、
よくよく聞いてみたら
「なんでそんなに無理してるの?」
ってツッコミどころ満載だった。
彼女には良いところがたくさんあるのに
それが打ち消されていることが
なんか悔しくも感じた。
「いやいやいや、
あなたが「デキる人」ぽくとかウケるw
人の話をなーんにも聞いてなくて
ぼーっとしてるところが
あなたのよいところでしょ!
本当にね、あなたは存在だけで周りに癒しを与えているから。
あなたが楽しそうに笑ってたら周りは幸せなのに。
自分が苦しくなる頑張り方をするなんて、あなたらしくないんだ。
そんなことしなくてもあなたには良いところや出来ることがいっぱいいっぱいあるのに。」
って心から思った。からそう伝えた。
そしてそれを伝えながら思った。
“ このセリフ、そのまんま私に言ってあげたらいいのじゃない?
”
認めたら、思ったほどのショックは少なくて
それよりも安堵感のほうがあった気がする。
一生懸命、隠そうとする部分も
意外と人からはバレているものだし
正々堂々と「私のまんま」で良いのよね。
