昔のわたし
「昨日寝るのおそかった?」
「よく眠れた?」
「朝まで目さめんとねれた?」
中学生の子どもに、私は毎朝こんな言葉をかけていました。
ぎょっ😨ですよね。
そのとき、復学支援の先生から、このように添削されました。
「この年代の子には、こういう発言は細かすぎて、鬱陶しく感じることがありますよ」と。
親としては、気になってただ心配しているだけ。
でも、この心配が大問題です。
親からしてみれば
「ちゃんと眠れたか」「学校行けそうか」など
確認したくなるのは、愛情から。
でも子どもから見ると、“信頼されてない感じ”や“詮索されている感覚”になる。
特に中学生は「自分の領域を持ちたい」時期。
そこに、あれこれ質問されては、尋問されているようで嫌になりますよね。
さらに、支援の先生からは
「本人から発信があったときに聞けばいいんです」
「そうでないなら、任せてあげてください」
親にとっては怖いけれど
「任せる」ということが、信頼の第一歩になるんですね。
そして後に気付きますが
これらの発言をやめたら、沈黙がふえます。
今まで会話だと思っていたものが、全部なくなるのです。
そして気付くのです。
今まで会話だと思っていたものは
わたしの不安解消のための質問攻撃だったのだと。
この気付きのあと、質問はやめましたが
最初は沈黙が耐えられませんでした。
そして、何を話していいかも、私はわかりませんでした。
でも、それでいいのです。
沈黙という「間」が、思春期の子にとっての安心になるのだから。
親にできることは、聞く準備をしておくこと。
子供が話したいときに、その言葉を受け止められるように
親は心を開いて待っていましょう。