みんな泣いていた。きいちゃんは、ユニフォームで顔を覆って泣いた。きったんは、友を守れず泣いた。ミキティもまなぴーもありちゃんも泣いた。でも、あやちゃんは、笑顔だった、たぶん。

 選手たちが入場してきたとき、きいちゃんがGKだと知りました。身長159センチのDFが、急造GKとして、Belleのゴールマウスを守る、それを目撃した時点で、涙腺が緩んだ。でもね、みんな明るかった。この場所に、みんなで立てる喜びを表していた、たぶん。でも、きいちゃんだけは、ものすごく不安だったと思う。それを仲間の誰もが知っていたと思う、たぶん。

 それは、突然襲ってきた。開始わずか1分30秒。嘉数選手のミドルレンジからの強烈なシュートが、きいちゃんを襲った。それに反応して辛うじて右手1本で弾き出した。Belleファンの誰もが固唾を飲んだ瞬間だった。

 それ以降、異様な試合展開になった。自陣深く全員が引いて、必死でゴールを守るBelleに対して、ベガルタ仙台レディースの容赦ない一方的な攻撃が展開される。長短織り交ぜて、ひたすらゴールエリアにボールを蹴り込んでくる仙台。かつて、太平洋戦争末期、沖縄本島をめがけてアメリカ艦隊の艦砲射撃があった。それは「鉄の暴風」と呼ばれる。地形が変わるほどの激しい艦砲射撃だった。歴史教科書で学んだ、それを彷彿させる攻撃だった。

 しかし、しかし、Belleは必死で守った。絶対ゴールを奪われまいと、必死でボールを弾き返した。攻めの姿勢は見せない。ただひたすら守り続けた。それでは勝てないけれど、勝負を度外視したような守備。大事な何かを必死で守る。それは、何だろうと思いつつ、涙が溢れた。

 でもね、ベガルタ仙台レディースも立派だったよね。手加減しない優しさがあったと思う。同情されて戦うよりも、全力で戦ってくれた方が、どんなにうれしいか、選手は必死だったと思うけれど、そのことに気づいていたと思う、たぶん。

 そして、時間は過ぎて行った。辛うじて、前半を0点で終わらせることが出来た。しかし、これが90分続くと思った人はいないと思う。ただ、後半、Belleは攻撃に転じるのではないかと、微かに期待した。だけど、その期待は裏切られた。もう、これしかないと、たぶん、うまく守り切れれば、最後の一瞬に、一発で仕留めようと、その一点に掛けたのではないだろうか。

 前半を終えた時点で、仙台のシュート数は25本、Belleは0本。CKは、仙台7本、Belle0本。FKは、仙台1本、Belle0本。

 Belleの目論見は、後半早い段階で、あやちゃんの盟友が打ち砕いた。後半3分50秒、左サイド、ミドルレンジから狙いすました鮫シュートが、きいちゃんの頭上を襲う。身長159センチのきいちゃんが必死で伸ばした手をかすめて、無情にもボールは通過しネットを揺らした。この得点をきっかけに、仙台のゴールラッシュが始まる。ゴール前に引いて守るBelleの攻略法を掴んだようだ。身長の高い選手をゴールエリアに立たせ、頭に合わせてボールを入れてくる。

 友を守るため、きったんが必死できいちゃんに寄り添い、ボールを蹴り出すが、頭上を狙われると防ぎようがない。次々に高さ勝負で襲ってくる仙台に、やられっぱなしとなる。Belleのベンチが映し出される。そこには、メガホンを持って、指示を出すキャプテンがいた。左目の下には、テーピングが施されている。そして、左目の上瞼は黒ずん見える。

 今日は、どんな展開になろうと、GK福元は見られない。GK登録でなくDF登録だったから。だから、きいちゃんは、逃げ場はない。急造GKの背番号は、手書きで「2」と書かれている。だけど、一人ではない。Belleの選手全員が、一つになってきいちゃんを守っている。ゴールの数だけ、心を痛めている仲間がいる。

 浜田選手が4点目のゴールを上げる。時間は、後半31分でした。これをきっかけに、ようやく、Belleが攻めの姿勢を見せました。あやちゃんからまなぴーにボールが渡り、センタリングの形を見せる。スローインのボールを、有ちゃんがセンタリングする。さあ、ここから1点を返そうという姿勢が、FW陣とMF陣から見えてきた。それは、Belleサポにとって、最後の願い。もう、勝ちはないことは認めざるを得ないけど、最後に1点は返して欲しいと願っていた、たぶん。それを見透かしたかのように、さらに得点を積み上げる仙台。

 後半40分が過ぎる。守備に戻るミキティが、両目の涙をぬぐっている。まだ、終ってないぞ・・・、Belleイレブンの中に、虎視眈々とゴールを狙っている選手がいる。CKからのヘディングシュートが、またきいちゃんを襲う。右手を伸ばして、なんとかクリアー。
 後半42分、あやちゃんから前線の有ちゃんに1本のボールが渡る。チャンス到来かと思わせたが、無情にも鮫ちゃんにボールを奪われる。仙台は、ボールキープに入らず、さらに得点の上積みを狙って攻撃の手を緩めない。

 そして、ついに後半45分が経過。アディショナルタイムは、2分と表示された。Belle絶体絶命の状態に追い込まれる。0-6で零封負けかと、覚悟した時でした。残り20秒。ハーフライン付近で相手ボールをインターセプトしたみずっちが、左サイドを駆け抜けるまなぴーにボールをパス。それを受けたまなぴーがゴール前にセンタリングする。そのこぼれ球をあっさーが拾ってあやちゃんにパス。ゴールライン際までボールを運ぶと、ピンポイントでゴール左奥で待っていた有ちゃんにドンピシャでボールが渡る。それを有ちゃんが頭で押し込んで、待望の1点が生まれました。ベンチの福ちゃんが両手を上げて、拍手。ここで試合終了の笛が鳴り響く。

 引き上げるきいちゃんをみずっち、加戸ちゃん、きったんが取り囲むようにエスコート。そこへ、笑みを浮かべたあやちゃんがきて、軽くきいちゃんの背中をたたく。きったんは紅潮した顔で涙を拭う。

 あやちゃんが、試合を通じて終始笑顔だったのは、今シーズン、今日が初めてだったのではないでしょうか、たぶん。勝つことが難しい試合だったけど、誰もが心を一つにして戦った。気持ちを一つにして戦うことが出来ている、そのことが本当に気持ちよかったのかもしれませんね。

 Belleバスは、皇后杯準々決勝まで選手を乗せて走り続けてきましたが、やっと終着駅に着いたようです。今日の試合が、陽射しの射す中で行うことが出来たこと、そのことも、本当に良かったと思います。

 選手の皆さん、本当にお疲れ様でした。そして、この1年間、十分楽しませていただきました。リーグ完全優勝、IWCC優勝、皇后杯優勝、いずれも達成することが出来ませんでしたが、レギュラーシリーズ優勝という喜びを与えてくれました。

 今シーズンは終わりました。十分な休息をとられて、体を労わってください。今は、ただただ、体を労わってください。ご苦労様でした。そして、ありがとう。