あたしの上には太陽なんかなかった。

いつも夜。でも暗くはなかった。

太陽に代わるものがあったから。

太陽ほど明るくはないけれど、あたしには

十分だった。あたしはその光によって、

夜を昼と思って生きてくることができたの。

わかるわね。あたしには最初から太陽なんか

なかった。だから失う恐怖もないの

 

私が初めて東野圭吾の本を読んだのが白夜行

だった。分厚い本で読めるのかな?

と不安に駆られた。読み始めると怒涛のよう

に読み進んで、夕方から読み始めたものの

日付の変わった真夜中に読了した。

 

これはラブストーリーなのかと疑念を持ちな

がら読み進め、ヒロインのこの言葉で、漸く

腑に落ちた。

 

雪穂は心を失った、小学生だった自分を心に

抱えた女性だ。生きるために

誰でも利用していく。心を伴わない残酷な

美しい人形のようで、そのじつ

いつまでも不遇であった子供の時の自分を守

って生きているのではないかと思う。

触れてほしくない過去の自分を傍らに置き、

慰撫するために犯罪を繰り返していく。

真っ暗な闇を生きる。

 

このヒロインを守るのが亮司。自分の父親が

小学3年生だった初恋の女の子を買春してい

た。だから、父親を殺した。その亮司を守る

ために足がつかないように、娘を売春させて

いた母親を雪穂は自殺に見せかけて殺す。

ここから常闇の二人の長い物語が始まる。

 

東野圭吾は彼ら彼女らを描くのに、心情を排

した。物語は二人を知る人々の語りによって

進行する。

 

そう、芥川龍之介の「藪の中」と同じ手法な

のだ。藪の中のように、白夜行も主人公たち

の想いが見えない。私たちは自分の心の有り

様で判断する。ヒントはたくさんあるのだけ

ど、決定打には遠い。

 

これはラブストーリーなのか?疑いが深まる

とき雪穂が語るこの冒頭の言葉で、読者は膝

を叩くだろう。

 

状況証拠のなかで、亮司の雪穂への愛情は

容易に想像がつく。なにしろ最後は雪穂の

ために自殺してしまうのだから。

しかし雪穂の方はどうなのか・・・悶々と

した思考の壁に風穴が開く瞬間であったのだ。

 

亮司は雪穂にとっての障壁を殺人や凌辱とい

うかたちで取り除いていく。

勿論その裏には破格の美貌を持って生まれ

た、雪穂がいる。地図を描いたのはいつも

雪穂であったかもしれない。

 

雪穂は自分がこの世で一番惨めで汚い存在で

あると自覚していたと思う。

であるから、神も仏も信じなかった。

安穏と暮らす人間を憎んでいた。

 

「私から奪われて当然」と思って生きている

のだ。

 

雪穂の気持ちを慮れば、私は何も言う気がしない。