つぼやき ~計画停電~


未だに電力利用抑制により街が暗い。


よくタクシーに乗り、途中コンビニによるが、

ネオンサインが消えていて、運転手も通り過ぎてしまう。

とても小さいが私も影響を受けている。


いったい計画停電は何なんだろう?

供給量の範囲におさまるようユーザーサイドで賢く電力利用量をセーブしてくれ、なのだろう。

この電力セーブに、企業も国民も一丸となって協力している。

日本人らしい美徳なのか? くだらないし、下種なにおいがプンプンする。

正月、あけおめメールの利用を控えて欲しい、とのキャリアの呼びかけには非協力的であるのに。

2・3日通信全断にでもなれば、あけおめメールに協力的になるのか。


必要なだけ使えばいいのではないのか?

コンビニのネオンサインも、防犯上の副次的な役割も果たしているはずだ。

プライオリティは、停電障害防止>犯罪 停電障害防止>経済活動なのか?


人様、社会に迷惑をかけないように、他の企業も取り組みをしている、的な

「自主的な先駆けた”おもんばかった活動”」のようで、横並び意識や善意とかが見え隠れして

とても好きになれない。

無料で利用しているのであれば、協力せねば、となるのは理解できる。

必要な利用も、無駄な利用も、利用量に応じた「電気料金」なる対価を利用者は支払っているはずである。

であれば、供給者 東京電力のほうが節電対策を先に講ずるのが筋ではないのか。

省エネ製品の開発を側面から支援したり、節電者には、料金でのインセンティブを設けたり。

増加し続ける電力量に応えるべく、設備増強をするのが当たり前とは思わない。


収入が減ったのなら、収入を増やす努力の上で、支出をセーブする努力、がセットなのではないのか。


本当に、エコで省エネなら、オール電化住宅をこの時期も大々的に謳え、電力各社。

本当に、エコで省エネなビークルは、低燃費自動車ではなく、電気自動車だろ、自動車各社。

自動車産業と、エネルギー産業のために、エコ減税なる政策協力で票田確保しているうちに

電気自動車の分野で他国に大きく出遅れて、結果、国力を削ぐ手助けをした職業政治家。


職業政治家化させた国民、国力低下に購買活動で協力した国民、その国民がいま、おもんばかった電力セーブに必死。実に滑稽である。そして私もひとりの国民である事実を、どう自分の中で折り合いをつけようか。


駅から一斉にゴミ箱が消えて久しい。地下鉄サリンとテロによるものだったはずが、いまだに続いている。

同様に、必要以上の電力抑制が、何年か後の復興後も続くような気がする。




今日イチ ~ キャンドル ~


今日の一番!を今日イチとカテゴライズした。


キャンドルを灯した。

三寒四温を繰り返していたころがもう懐かしく、キャンドルを灯す、にも遠ざかっていた。

トリガーは、精神的な深いつながりの友人(という表現が俗っぽく、チープであるが、語彙が少なく、

仮表現としよう。ごめん)から、キャンドルを頂いた。


私は、海外を旅したときの、マイ・スー(ベニア)は

その国で買った、「世界地図」と「マグネット」と決めている。


世界地図をパネルに入れて、眺めていると、子供のころから頭にインプットされている日本が真ん中な

世界地図とは全く違う世界地図で、思考回路をリセットしてくれたり、アイディアをもらったりする。


マグネットは、冷蔵庫にびっしり。コンビニで買った100円ジャスミン茶を取りにゆくたび、

「そうだ、旅をしよう」と思わせてくれる。


そして今日、3つ目のマイスーとして、キャンドルも昇格させよう。


キャンドルを灯し、旅行そのものや、その時おかれていた自分の環境や出来事など、

笑っているか、まだ継続中か、苦い過去か・・いずれにしても、前だけを向いている日常の中で、

ふと、そう遠くない過去をキャンドルの炎越しに振り返り、いろんな尺度で今と比較できる

ゆっくりとした時間を作ってくれるだろう。


そんなキャンドルと、マイスー3つ目に昇格させてくれたキャンドル・プレゼンターに感謝。

(プレゼンターのキャンドルは後日アップします)



HelterSkelterのブログ-玄関のキャンドル HelterSkelterのブログ-五反田で購入したイタリアの缶詰キャンドル

       玄関のキャンドル           五反田で購入したイタリアの缶詰キャンドル

                             (後ろのキャンドルはハワイアンキャンドルと

                              Suicaペンギンの頭部がニョキリ!)


Helter Skelter(ヘルタースケルター)なオヤジ”の記念すべき、初ブログ。

「つぶやき」と「ぼやき」は「つぼやき」とカテゴライズしてみた。


数年前まで、”放送”を生業とし、もがきながら伝える仕事をしていた。

結局シンプルなワードしか、伝えられなかった、伝わらなかった。

伝えることの限界に、愕然とした。


他の人間が作ったら、もっと伝わったのか?

私がもっと違っていれば、もっと伝わったのか?

キャストが違ったら、もっと伝わったのか?

O.A時間が違っていれば、もっと伝わったのか?


答えはきっと、YESであり、NOであろう。


いえるのは、私の伝えたいメッセージが、

シンプルではなかったこと、これが最大の要因だろう。


朝番組のように、

今日は天気が良い、

誰かの恋愛発覚、破局、

政治は今日もカオス、

巨人は負けた、

これを15分1セットにして、8時までヘビーローテーション。この程度のシンプルさでいいのだ。

この4,5つのことを起床時間の異なる多様な人に伝える。だけ。それでいい。

なぜ天気がいい、どの領域から恋愛と定義するのか、の「なぜ」なんてショートカットでどうでもいい。


日本人が日本語を使ってコミュニケーションしているのに、複雑なメッセージなんて伝わらないのだから、

性別、生活環境、思考、論理、人種が違えば、真の理解からはより遠くなる。


”そもそも思いや考えなんて伝わらないものであり、ヒトカケラでも伝わればラッキー”である、が、

コミュニケーションの大前提であることを、やっと気づいた気がする。


そもそも 「言葉」 なんて、頭に浮かんだ思考や意見や回答を、知りうる語彙を脳内検索し、日本語としての音声で発する、というプロセスである以上、口にしているその瞬間ですら、もう数秒前の過去の思考や意見を伝えているにすぎない。


服装、携行品、靴、これらのほうがシンプルがゆえ、言葉以上のメッセージを持ち、伝わる気がしてきた。


つらつらと駄文を書いた。


1:私の私見であり、独り言であり、ぼやきですので、申し訳ありませんが異論反論、ありがたき賛同意見などへの返信はいたしかねます。

2:伝えること、が今ブログのゴールではないので、適応に飽きたら、非更新、閉鎖します。

3:個人に帰属する情報あるいは、個人に付随する外延情報などの掲載あった場合、お詫びするとともに、適宜、訂正、削除をいたします。


とはいえ、何らかのきっかけでこれを目にし、読んでいただく方がおられれば、大変うれしく思います。