3.11 | TAKUYAのどうでもいいBLOG

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こんばんは。





改めて。



今日3月11日、東日本大震災から2年が経ちました。





2年前の今日を振り返りたいと思います。






2011年の3月11日金曜日は多分寒かったと思います。けど、雪は降っていませんでした。



僕は学校が休みだったので家にいました。




2時46分。




テレビを観ている途中、地震がきました。



最初は「9日の余震だろう」と思っていました。

が、揺れが強くなりTVは消え(停電)もう何が起こっているのか分からないくらいの揺れでした。

僕はその時、パニック状態でした。

揺れが弱まり、携帯ラジオをつけました。

TBCから「大津波警報」の情報と同時に防災無線でも沿岸部の方は避難してくださいと、呼び掛けていました。

僕の地域は海岸からは離れているので避難はしませんでした。



うちの父は石巻の湊(プレナ宮城近く)にいて、津波大丈夫だろうかと不安でした。


時間はあっという間に過ぎ、夜になりました。


停電しているので暗く、ロウソクの火で約一週間、夜を過ごしました。


食べ物は残り物を食べました。レンジが使えないので冷たいままです。
お菓子だけの日もありました。

僕はこの時、お腹すいたしょぼんとか、寒いガーンとか、文句を言っていましたが今思えば、どうしてそんな事が口にできたのか、情けなく思います。津波にあった人は雪の降るなか、助けを求めている、食べるものはない、寒い・・・・・・・本当に自分が情けなく思いました。



水道ですが、断水していました。近所に給水車が来ていたので水を貰いに行きました。


3日後、父がガソリンギリギリで帰ってきました。


約一週間後、電気が復活しTVを観ました。


気仙沼や地元、石巻の津波の映像がありました。


みていて涙がでました。




あ、長くなりそうなので、この辺にしときます。





(ノ_・,)(ノ_・,)(ノ_・,)(ノ_・,)







震災を経験して今思うことは、暖かいお風呂、布団で寝れること、温かい食べ物がたべれること、電気が使えることは当たり前ではないんだ。ということです。


またいつか、違う土地で大震災が来ると思います。

備えは万全に。







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