主人は、同じ歳。
3人姉弟の女に挟まれた真ん中。
長男。


会った時から面白く、優しくて、一緒にいて楽しい。


いわゆる結婚願望と言うものは、私にはなかった。


それが、3年を経て、いわゆる「できちゃった婚」だが、気持ちは決まっていたので良いきっかけになった。


本当に良い人で、もしも、私がこの先、結婚するならば、絶対に主人だろう。漠然と決まっていた。


浮気とかも、あるとするならば、きっと本気になるタイプだから、その時は身を引こう。とも考えていた。


式や、新婚旅行など、興味はなかった。
妊娠中でもあり、主人は仕事がまだ決まってなかった。
お金は、最低限でいい。普通の両親揃ったご飯を皆で食べれる家。主人となら。私でも、あるかもしれないと思った。


妊娠中、自分の貯めていたお金を、前からの主人の希望であったバイクの免許取得に使って欲しいと渡した。子供が産まれたら、きっと、子供中心の生活になる前に、私が出来る事を今の内にと。


主人は、2日ぐらいでパチンコで使った。
本人が満足なら。


長男を出産し、病気で週4日の病院通いも
すぐに始まり私は、免許取得の為託児所付きの教習所に通い始めた。長男が6ヶ月の頃だ。


主人のお父さんにも、直ちょく病院通いを助けて貰った。


子供達にとって、最低限、住居、食事、睡眠がきちんと取れる環境作りは、揺るぎないものでありたい。


主人の家から、同居の提案を頂き、息子が、一歳になる頃、同居させて頂く事となった。


私のお腹には、娘が。
息子の病院通いや、移転、移転先での手術準備や、別の病院での、小児科の治療の為の通院。

主人の家での同居生活。


私は、主人と居てとても居心地が良かったが、同居で主人の家での私に、居場所はなかった。


あまりにも、生活習慣が違い、ゴミの捨て方から、ご飯の食べ方、食の違い。起床、就寝時間。
私だけが、戸惑い、主人は慣れていた。というより、主人も同じで私だけが違い、
他人
なんだと痛感した。


郷に入れば郷に従え


娘を出産し、家族は増えた。
上の子も居たので、私は、産後も実家には帰らなかった。


おっぱいが足りて居ないと、いつの間にか、義母がミルクをあげていた。


子供達を義母の部屋に連れて行ってしまうので、おっぱいが張っていても、開ける事が出来ず母乳は次第に出なくなっていった。


私の所に来るのは、ウンチの時と、夜泣きの時。


24時間365日。
20歳の私には難しかったのか。


父と暮らした事の無い私には、父ぐらいの年代の男の人が苦手だった。私は欠陥人間だからか。


朝、義父に挨拶をし、かえってこない日は、何かしただろうか。と記憶を辿り、子供達の夜泣きや日中も休まなければいけないので、騒げず、夜は、2人共ドライブやおんぶと抱っこで、散歩し、昼間は、出来るだけ、外の公園に居た。


お二人共、不規則な生活の職業で、睡眠がとても大切なのだ。

良かったのは、公園が目の前で遊歩道があったり、環境の良い場所だった。


私は、別に神経質ではないが、外でお風呂や、お手洗いに行けない方だ。


同居生活は6年弱だったが、一度もお風呂に入れなかった。


1番最後にシャワーを浴び、掃除をしてあがるのが、日課で子供達共あまり入れなかった。

同居前は、もっぱらご飯は、お惣菜で済ますお家だった。


同居し、最初に、お味噌汁のお椀を人数分買ったのは覚えている。


週に4日は魚で、おかずは4品。8人分。店屋物は、お義父さんダメだからね。


最初に言われ、その通りを通した。

何故義母がそう言ったのか。

独立前も、独立後も遊びに行くと、いつも、お惣菜だし、義母は、料理をしない。私も一応、季節の物を作って持って行く。お惣菜が悪い訳ではなく、むしろ、お金持ちのイメージだ。


妹が一緒に居た。
当初高校生。


息子の事を良くみてくれたり、義母に言われ、買い物に息子と行ったり、お友達の家に連れて歩いてくれたりしてくれた。
私としては、最初の子だし見えて居ないと、とても不安だった。


妹が居ないとき、妹の部屋を息子が勝手に開けてしまう時期があり、追いかけると、私のしばらく探していた、服や、化粧品、バックや、サンダル、ヒール、下着まであった。



私は、驚き、見てはいけないと、そのまま閉めた。



日中も静かにしなければいけないので、洗面所の水を飲み過ごした。出来るだけドアの開け閉めをしない為だが、子供達は、やはり、そうはいかない。


生活が違い過ぎる。
子供達もやんちゃな時期で抑えなきゃいけないのが、辛い。


働く決意をした。


息子が3歳になる前あたりから、幼稚園の見学をしたりしたが、娘も居るので、保育園に決めた。


幼稚園は時間帯が9時頃〜2時には帰って来るので、子供にとって時間帯が理想的だと思っていたが、致し方ない。


主人は、承諾してくれたが、義母が反対した。
「誰が家の事やるのよ!」

「今迄と変わらず私がやりますので、お願いします。」


何とか、許して貰えたが、言った手前、仕事、保育園の送り迎え、食事、家事、病院通い。


本当に活字でしか、覚えていない。


38度以上の熱が出た日、私は仕事から帰って来ていつも通りに家事など済ましたが、3日目の帰宅後、義母に
「今日だけ、何か取っていただけないでしょうか?お会計は私の方で。」

「なに。いんだ今日は少しで。」


と言われ、作り始めたら、いつも通り作ってしまえた。作り終わると

「少し寝なさい。あしたもあるんだから」


郷に入ればな郷に従う