息子は、脳挫傷の手術後、無事に1ヶ月強で退院。
後に、半年後に外来受診をし、問題点も無く一応受診は終了という事となった。
頭の怪我は骨が無く即脳にダメージがいくので控える。出来るだけ守る為に髪の毛はあった方がいい。注意事項。
泊まり込みの入院中、娘はどうしていたのか、主人が仕事していたのか、記憶が見つからないが、主人が保育園に送迎し義母や義父、義理の妹等が、観ていてくれていたのではないかと思う。
息子のサラサラの髪が、丸坊主になり、傷痕は目立ち、骨が無く、楕円に直径10cmくらいある、丁度額の真上は、少しだけ伸びてきた髪の毛と一緒に、大きく小刻みに心拍を刻む。
それは、目立った。
身体の事もあり、歩き方に特徴があるのだが、目を合わせれば額の上に目がいくのは、流れに沿った普通の動きだ。
子供ならば尚の事だ。
同時期、成長ホルモンの注射が日課に加わった。
お尻の左右に、日々交互に毎日私か、主人が注射した。
元々怖がりで、苦手な注射。
自身も仕事に就き、息子も保育園に戻った。
息子は、目の前の視線の動きの鋭さと、注射の毎日の痛みを耐える日々が始まった。
年長組になり、娘が年中組となった。
髪の毛もすっかり伸びたが、伸びた髪の毛は変わらず脈を打つ。
娘の組で、役員をする事となった。
2歳違いの兄妹は、割と多い。
各組の役員の集まりが割と多くあった。
当時の保護者代表は、息子の組の年長組から出る事が通例だ。
私自身は、娘の組の役員の席に身があったが、年長の組の保護者も、もちろん知る顔並び。
家と同じく、2歳違いの兄妹がいた。
2人共、各組で意志が強く、目立ち、時に譲る事で同じ組の子と揉めたり、暴力的な行動があり、揉め事の話しがよく耳に入ってきた。
揉めた子の親御さんは、付き合い方をどうしたら良いのか悩んでいる方。子供が怖がり行きたくないと泣かれ、毎朝困っている方等、子供の世界でも、親達から観ても目立つ兄妹。
上の組では、誰もついていけない中、何故か守る様に、息子が連れて歩かれていた。
下の組では、娘に対してライバル感があるようだが、娘はライバル心に疎く気付いていない様だったが、やたらと、娘の行動をチェックされる事に理解出来ていなかった。
その兄妹のお母さんが、保護者代表になった。私より、恐らく一周りくらいは年上。意志が強く、凛としている方。
息子が仲が良い為、挨拶した折、お家に何度か誘われた。
いい加減、断わりきれず、息子達の推しもあり娘も連れ、伺う事となった。
小学校は別の区域にある一軒家だった。
その兄妹のお母さんは、妹の方は、意地悪をされていると娘は感じていたが、
いつも、娘の話しをし、とても好意があるのよ。
と言った。
息子に関しては、
同じクラスに息子が居てありがたい。
と言った。
意味がよく分からなかったが、続けて、
家の息子が私の息子を通して成長出来る。弱者に対する優しさを学べる。
そんな様な事だった。
なるほど。意味は理解した。
いつも優しくして貰ってありがたいです。
その時の私は、まだ24.5歳だった。
息子の身体的な部分が、他の子を成長させると言う意味でありがたいと言われた事を小さなまだ5.6歳の世界で特別視されている事に初めて気づいた。
勿論、先生や大人からすると、明らかな話しなのだが。
弱者に対して、優しくし、助けてあげる。
恐らく、小学校に入って更にクラスで取り組むだろう。
最初から特別扱いされる事に息子はいづれ耐えられなくなるのではないか。
息子の出来る事まで出来なくなるのではないか。
間もなく、小学校説明会が迫っていた。
迷いもなく地区の小学校と考えていたが、支援学校も選択肢の1つではないか。視野にいれた出来事となった。
息子 5歳 娘 4歳
私 24歳