子供達は存在そのものが奇跡。
嘘がなく強くて、綺麗で、愛おしい。眩しすぎて気後れしてしま程に。


自分が産まれてきた存在意義があるとするならば、この子達に会う為だろう。
自ずと、会わせてくれた主人に感謝しかない。


妊娠2ヶ月の時に、借金の債務整理をしていた。


主人は子供達に関しては、優しくて楽しんで接してくれる。
元来子供好きで、やたらと好かれる。


返済の見通しがたち、主人に話した。

お前は、どうしたい?

あまり、いい顔をしなかった。

絶対に産むつもりでいたが、主人の反応は予想外だった。


勿論、状況は厳しい。
それでも自分の中では、理由にはならなかった。


主人が3人姉弟というのもあり、3人姉弟は私の中で、憧れだったのかもしれない。


娘の時は、息子に兄妹を。
今回は、娘に兄妹を。

娘には、自分の道を歩んでほしいと願っていた。

娘には、息子の服や物全てにおいて、お下がりをしなかった。

自分のその時の好みの物を選ぶ事で、選択肢が沢山ある事や、意志を持つ事の大切さを育みたかった。

実際のところ、横幅は息子の方が上回っていたが、身長は大差なかった。


筒抜けの主人の家なので、何日かすると

病院を予約したから

と義母から前触れもなく堕胎を薦められた。


実は、妊娠は4回目。
最初の子は16歳の時だった。
もう2度と、同じ事はしてはいけないと誓った。


息子は身体的に病気を持って産まれたが、自分も、自分の母も同じ病気を持っている。


母は、6人兄妹の5番目。
母だけ病気を持って産まれた。
私の兄も健康に産まれ、母は遺伝ではないと当時の医師に言われたが、私には、同じ病気があった。
母は医師の言葉を疑わず突発的な事と思っているようだったが、正直半信半疑だった。


同じ病気だが、世代が下の方になるにつれ合併症など重くなっている。


また、病気を持って産まれてくるかもしれないが、別に3人の内2人になるだけの事。育てる自信はある。何故なら、自分も同じで、先にくる、ぶつかるだろう壁や、それに伴い感じる疎外感も、想定出来るからだ。


優しくて、楽観的な主人の子なら大丈夫。


母に

病気を持って産まれたら、その遺伝子をあんたは、世の中に増やすのか。

衝撃を受けた。


自分が育てる自信とか、そんな問題ではなく、世の中。
自分以外の人達は皆そういう観点からの考えなのか。

歓迎されなく、世の中に産まれてはいけない子。

息子。

息子の存在をこの先誰かが、世の中が否定する事もある。


まずあるだろう。でも、そういう人もいるなら、そうじゃない人だっている。


息子には、持って産まれた病気と付随する事に対して、持ち前のユーモア、優しさ、笑顔という武器がある。


だが、可能性を分かっていてもう1人。


義母に予約された日時に1人で病院に行った。


出来なかった。
気持ちが整理出来なかったのか。涙が止まらなく出てくる。


そんなに辛いなら、もう一度相談して考えてきたら?


確か、そんな事を言われた気がする。

辛いのは、この子だ。

家に帰り、出来なかった事を話し、謝る。

主人は、この件に関しては、もう口も重たくなっていた。


只、息子だって、歩けるようにはなったけど拘縮していて身長が低く、伸びないかもしれない。お前とは、違うんだよ。しょうがないんだ。


初めて、優しい主人が産まない選択をした。

主人が言うとは思わなかった。
主人が言うくらいなのか。

今度は、自分で予約し手術を受けた。
娘が帝王切開で産み間もないとの事でだったと思うが、麻酔なしだった。

恐らく暴れるだろうと思ったのか、両片側に3人づつ抑えられた。

こんなに看護士さんいたっけ。
看護士の数を数えてた。


あまり、憶えていないが、私が、全く動かないからか、1人減り2人減り誰も抑えなくなった。


只、涙がつたっていく。
が、涙を流す資格もない。
痛くて、悲しくて泣きたいのはこの子。私が苦痛を与え、酷い事をしている。
泣くなんて図々しいと強く思った。


その後、ベットまで歩いて行き、何度も嘔吐した。
1人で来た事が良かった。1人で帰れる。


家に帰り、いつものように8人分の夕食を作り、家事をしながら、子供達といつものように過ごした。


自分の中で、2度と子供を産む資格を捨てた日となった。


同日、
主人の姉が結婚し妊娠したから、両家で、お祝いの食事会をする。

義母に言われた。

同級生だったんだな。


後に、子供達の従兄弟になる。よく家にも泊まりに来たり、送迎などする機会があり、娘の事を慕っている。
私自身も、その子の成長を通して重ねる事が多々あり、とても可愛い。


息子4歳
 娘3歳 23歳