少し前のことですが、ぼくはある金曜日、仕事帰りに久しぶりに買物の後、外食して帰ろうと思い、いつもと違うバス停で降りました。歩道を歩いていると、おじいさんと女の子が立っていて、バス通りを見ていました。ぼくはやや疲れた足取りでそちらへ歩いていく。と女の子はぼくの方を見てきました。3才くらいかな?品の良い雰囲気のおじいさんは、ぼくと同じくらいの年齢のようです。女の子はずーっと興味深気にぼくを見ている。ああっ『かわゆい♪♪』と感じました。ぼくもついつい女の子のほうを見続けてしまいました。それでも女の子はずーっとぼくのほうを見ていました。それですれ違う寸前に女の子の目の前で軽く両手を振ってバイバイの合図を笑顔でしました。それを女の子は見ていました。反応はあまりなく不思議そうな感じです。おじいさんは少し笑って女の子に「ほら、バイバイって」と言いました。しばらく歩いて振り返ると女の子はぼくのほうにバイバイをしていました。ぼくもバイバイしました。また少し歩いて振り返ると、女の子はバイバイしていました。マイメロちゃん(キャラクター、マイメロディ)そっくりのとてもかわゆい女の子でした。最近、スーパーで母親、または両親に連れられた女の子、男の子たちに目がいきます。この子たちの将来に幸あれといつも思います。あべ、自民党!お前らはこの子たちの将来をちゃんと考えているのか!!遺伝子組み換え食品を導入し続ける。食品添加物の規制をしない。日本で許可されている食品添加物は世界一で二位の国の数倍!危険な原発推進。そして水道民営化にしてもどれだけユダヤ系企業に日本を売り渡そうとしているのか!!

昨夜、今年初めてほたるを見ました。かなりの数です。自宅のアパートから歩いて15分くらいのとこから遊歩道があります。用水路沿いに遊歩道があって、ずっと続いてます。用水路の方を見ながら歩いていると、青く白い光が小さく幻想的にともっています。ついたり消えたりもしている。草の上にぽつんと。中には動いたり、飛んで上の木の葉にとまったり、それから歩いているぼくの横へと飛んでくるほたるもいました。うっとりして日常を忘れてしまいます。あたかも「散歩しているの?わたしたちのところへようこそ」ってぼくのこころのなかへ話しかけてくるかのようです。しばらく歩いていくと、遊歩道と用水路の両側は、木々や高い草や斜面で外の光がほとんど入らなくなります。するとほたるちゃんたちは道をふさぐように飛び交ったりもしているのです。思わず立ち止まりました。幽玄の里、夢幻の夜の異世界へ来ているみたい。ほたるちゃんたちは、「ここから先はダメだよ、わたしたちの聖域だよ」ってテレパシーを発しています。そうして、ぼくは少しの間、遠まきに眺めて引き返しました。誰とも会ったり、すれ違ったりしなかった。ほたるちゃんたちとぼくとの、ささやかなふれあいでした。帰りには自宅近くの田んぼでも見られました。

派遣先が変わりました。工場勤務です。前のとことは契約終了です。また少し通勤時間が短くなりました。時給は同じ950で交通費は9割ちょっと出してもらう契約です。社会保険かけてもらってます。派遣元は変わってないです。定時は7時間55分で残業はないような感じです。少しずつ体力に余裕がなくなりつつありますが。さて、前回少し書いたマルクス・ガブリエルですが、「なぜ世界は存在しないのか」を4分の3くらい読み終えたとこです。かなりいい書物です。読みやすいのだけど深い。前回書いたブログの終わりの部分、やはり少し違ってました。例えば今、ぼくの部屋の机の上にコーヒーカップがあり、なかに飲みかけのぬるくなったコーヒーが入ってます。仮にぼくがいなくなったとしても、もちろんコーヒーもカップも机も本やCDや電気スタンド、部屋の中のもろもろの物、ベッド、CDラジカセ、電子ピアノ、エアコン、ワープロ、椅子なども存在するというのがガブリエルの思想です。仮にぼくがいなくなったとしてもですが。ガブリエルはあらゆるものが存在する。身の回りのもの、惑星、夢、進化、水洗トイレなどなどは存在するが、世界は存在しないと主張し、『新しい実在論』を提唱してます。ガブリエルはまず自然科学の領域へと存在論的に還元されうるものだけが存在しうるとする自然主義、そして唯物論、構築主義を批判します。とりわけ自然主義、唯物論批判は見事というほかはないです。