部屋にいる時はほとんどエアコンをつけるようになってます。皆さん熱中症に気をつけて、水分補給をこまめに取りましょう。ぼくは今日から夜勤のローテーションです。疲れが取れにくくなってることもあり、休日はだらだらと過ごしていますが、これでいいって思ってます。最近の課題は15年くらい前に作曲した作品にピアノ伴奏をつけることと、メルロ・ポンティの知覚の現象学1に取り組むことです。現象学はエドムント・フッサールが創始者で、メルロ・ポンティが広く展開する。精神医学ではブランケンブルク、テレンバッハに影響を与え、社会学ではアルフレート・シュッツが知られている。メルロ・ポンティは現象学の意義を本質の研究だとしているが、同時に本質を存在へとつれ戻す哲学だと考え、人間と世界とはその事実性から出発するのでなければ、了解できないとしている。まだ最初の方ですが読み進めていくと、主体は絶えず世界へと身を挺してして、世界の中にぴったりとある、世界内存在である。そしてその事実性を基礎にしているとうことが何度も言葉やニュアンスを変えながら表現されてくる。だからこそ、その自然的態度を、人間と世界を理解するために現象学的態度へと身を移す現象学的還元という作用が必要となる。しかし、シュッツもいうようにその現象学的態度(フッサールによれば超越論的主観性?)も日常、自然 的態度へと再びつれ戻されていく…
こちらは、曇りの日が多いです。小雨がたまに降ります。去年より雨は少ないです。中埜肇さんの「ヘーゲル」読みやすかったです。まずヘーゲルが生きてきた18世紀から19世紀の神聖ローマ帝国の社会や政治、対外情勢を書き、そしてヘーゲルの性格、人柄を交友関係などを素描します。それからヘーゲルの生涯と著作を概略的に表し、そしてその思想、ヘーゲル哲学の核心へと迫ります。この手法だと取っつきやすく、すらすら進んで読める。また中埜肇さんには公平さもある。ヘーゲルを痛切に批判たキェルケゴールを始め、ショーペンハウアーやマルクスも描きます。しかし実存哲学のキェルケゴールや唯物論哲学のマルクスはヘーゲルに入ってヘーゲルを出た。意識が存在を規定する観念論に対し、存在が意識を規定する唯物論哲学のマルクスはヘーゲルを偉大だと告白した。ヘーゲル自身はカントに多くを学んだようです。それから五才年下の学友の天才シェリングにも学んでます。何よりも凡才で朴訥で地味なヘーゲルが独創的な弁証法を確立し、広範な論理学や歴史哲学を著したのは見事です。ぼくが特に関心を持っているのは現象学ですが、ヘーゲルの「精神現象学」をその初期だと見做す考え方もあるようです。