こんにちは!(^^)
今日は日曜だったので、ちょっと、家で籠城気味(^.^)
で、さっきTVを付けたら、相撲がやっていて、中日だった。
しかも、解説が元大関の魁皇、現浅香山親方であった。
もう中々、機会も無いと思うので、長年見てきた魁皇について、少しだけ書きたいと思う。
自分が初めて魁皇を知ったのは、若貴ブーム全盛の頃だった。
当時、親と一緒に夜のワイドショーみたいな番組を見ていた。
我が家は、たまたま、姉を除くと、みんな相撲が好きな家族である。
そんな事もあり、母親や妹なども、そこそこではあるが、目は肥えている。
で、当時、新進気鋭の若手の若貴、圧倒的な突き押しを武器に出世してきた曙などの楽しみな若手が沢山いた。
そんな中、そのワイドショーの中で、あるスポーツ新聞のベテラン記者に5年後の番付を予想してもらうコーナーが、あった時の事である。
キャスター達やゲストは、横綱に若貴や曙があがっている事を期待していたのだろうが、そのベテラン記者は、片方の横綱に曙か貴乃花(当時は貴花田)をあげていたと記憶しているが、西の横綱には、『古賀』という名前をあげていた。
その時は、TVの前の視聴者の多くが、"はぁ~、古賀って誰だよ?"と思ったに違いない。
自分もそう思った。
で、実際にキャスターが、"すいません、古賀って誰ですか?"と問うと、その記者は待ってました!とばかりに"この子は若貴と同期で、まだ幕下なんだけど、絶対に強くなります!"と得意満面の顔で言っていた。
その『古賀』こそ、正に後の魁皇、その人である。
残念ながら、最終的には、横綱にはなれなかったが、優勝回数5回、通算勝利数1位を残したように、名大関中の名大関と言っても過言では無いと思う。
本当にプロの記者の目は凄い、とその当時思った。
さらに敢えて付け加えさせてもらえば、魁皇は友綱部屋である。
現在で言えば、ようやく、魁聖という幕内力士が出てはきたが、魁皇はその幕内生活の中で、己の部屋の他の力士が幕内にいたことは殆ど無い、つまり、この部屋別の戦いの中で直接的な援護射撃が全く無かった力士とも言える。
これは近年で言うと、曙や現役の白鵬などにも同じ事が言える。
この同じ部屋の力士とは決定戦以外は対戦しない、という制度の元では、あの藤島部屋勢、後の二子山部屋勢、そして、その後は、武蔵川部屋勢を向こうにまわして、本当によく頑張った大関だった、と言えるのではないだろうか。
確かに、千代大海や魁皇には、八百長の噂が無い訳では無かったが、一応、健全化された、と言われている大相撲。
もう、そう言った、八百長みたいな話題は沢山である。
今後は、当時の『古賀』のようなホープが出てきて欲しいと思う自分である。