みなさん、お久しぶりです。

日常ブログです。

 

もう11月ですが、とても暑い日が続いておりますね。

ご体調は崩されていないでしょうか。

寒暖差が激しいですので、

どうが皆様ご自愛下さいませ。

 

さて、本日は、

標題にもございます通り、

適応障害と診断されて

約1ヶ月が経過した私の現状を綴ろうと思います。

 

毎晩泣きじゃくっていた私が、

今では涙を流す回数が激減し、

やっと人間らしい生活が送れております。

 

朝早く起きて、朝ごはんの準備をする。

主人のお弁当を同時並行で作りながら、

愛猫の2匹とお話をする。

 

一緒に朝ごはんを食べて、「いってらっしゃい」を伝える。

洗濯物を干して、掃除する。

少しゆっくりして、車で買い物に行く。

帰ってきたら、食材等を仕舞い、

少しソファに腰掛ける。

 

少しゆっくりしたら、

すぐに夕飯の支度をします。

主人は18時頃に帰ってくるので、

それに合わせて支度をしていきます。

 

大したものは作れていませんが、

「美味しい」と食べてくれるので、作りがいがあります。

 

食べ終えると、お風呂。

一緒にお風呂に入ります。

その後、食器等の片付けをします。

主人がやってくれることが多く、

仕事もしてくれているのに、嬉しい限りです。

 

お互いにゲームやら読書やら、やりたいことをしたり、

お話をしたりして、10時過ぎにはお布団に入ります。

 

最近は上記のように過ごしており、

幸せいっぱいです。

今の幸せを手にするために、

今までつらいことが多かったということであれば、

少しだけ納得ができるような気がします。

 

やっと精神的に落ち着いて来たようにも思えますが、

実は最近、嫌な夢を多く見るようになりました。

前の職場の子どもたちと遊んだり、会話したりする夢や、

前の職場の職員さんが出てくる夢など、

前の職場に関係する夢を多く見るようになりました。

 

きっと自分の中で、どこか気持ちに

整理がついていないのでしょう。

部長とお話しただけの退職となり、

子どもたちはもちろん、職場の方々へのご挨拶も何もせず、

退職となったのですから。

 

10月31日をもって、退職となったため、

現在は専業主婦(とは名ばかりの、無職)でございます…。

 

人間は、良くも悪くも、

環境に大きく左右される生き物ですから、

私の存在もなくなってしまえば、

それの環境に適応し、忘れていくのが人間です。

そう思うと、急にいなくなってしまった

無責任な私を、正当化できているような気がしていました。

 

ですが、3年前のスクール移動前、

受け持っていた子どもたちに、未だに

覚えてもらっていることも知っています。

 

忘れてしまう子、覚えている子、

両方知っているからこそ、急に姿を消した私が

子どもたちの気持ちに悪影響を及ぼしていないといいなと

願うばかりです。

こんな気持はきっと慢心で、

そんな心配など必要なく、子どもたちは

すくすくと成長してくれていると思います。

 

どうか、どうか、あの子どもたちが、

健康で、幸せに成長していってほしいと思います。

私はどうなっても良いから、

どうか幸せになって欲しいと、嘘偽り無く願えます。

それを思うと、本当に子どもが好きなんだなと、

改めて痛感します。

 

まだ悪夢を見る日々ですが、

きっと時間が解決してくれることでしょう。

どうかそう出会ってほしいと切に願う今日このごろです。

 

次の仕事はまだ決められていません。

「俺が働くから家にいていいよ」といってくれる主人に甘えて、少しお休みする機関にしようかなとも思っております。

 

物心ついたときから働き続け、走り続けてきた私に、

お休みできる期間が巡ってくるなんて、

信じられません。

有り難い限りです。

 

そして、ストレスで数年来ていなかった生理も

数日前に来て、安堵しております。

今までそれだけ仕事が負担だったのでしょう…。(笑)

 

まずは、人間らしい生活をして、

心身ともに整えて行きたいと考えております。

 

あんなに悲観的で、

泣きじゃくっていた日々を過ごした人間でも、

ここまで前向きになれるのですね。

活力こそないですが、きっと出てくるのでしょう。

これも時間が解決してくれると思います。

 

そう願って、本日のブログはここまでにしようと思います。

ここまでお付き合いいただき、ありがとうございます。

皆様に、これからも幸せな日々が訪れますように。

皆様、お久しぶりです。

日常ブログです。

 

最近は、適応障害のせいか、

無気力な状態が続いており、投稿頻度が少なくなっております。

ですが、自分らしく、ありのままで

引き続き投稿してまいりますので、

どうぞよろしくお願いいたします。

 

さて、本日の内容ですが、

少し昔話をしようかなと思います。

 

今、毒親の問題に苦しんでいる方や、

希望が見えない方など、

少しでもお力に慣れればという思いがあり、

投稿いたします。

 

先日の投稿にも少し書きましたが、

私は、西東京市の小さな商店街にある

お蕎麦屋さんで生まれました。

決して大きいとは言えない商店街の規模ではありましたが、

商店街の方や、近隣住民の方など、

多くの方たちに囲まれて生活しておりました。

 

そして、父と母、私、妹、弟二人の6人家族でした。

お店はアルバイトの方もいたりしましたが、

基本的には家族経営をしておりました。

 

物心ついたときから、

きょうだいのオムツ替えはもちろん、

学校が休みの日は、きょうだい全員を連れ、

近くの公園へ行く日々を送っておりました。

お店のお手伝いもし、看板娘として

働くこともしばしば。

 

とても忙しかったですが、やりがいもたくさんありました。

 

そんな幼少期を過ごした私。

上記を読むと、素敵な幼少期であったと思われる方が

多くいらっしゃるかもしれませんが、

私としては、大変地獄のような環境でございました。

 

なぜなら、父(母)はいわゆる

「毒親」

でしたから。

 

小学校の頃の門限は16時。

高校は18時。

大学は20時。

 

思い通りにならないと手や物で叩かれる日々。

叩かれる我が子をただ見ることしかできない母。

母は父の言いなりのような存在でした。

 

ママ友等の存在も、父は大変嫌がりましたので、

私の世界は、家、学校しかありませんでした。

世間体の良い姿を演じることが上手であった父は、

他人からは疑われることもありませんでした。

 

そうしているうちに、

父や母に対する希望がなくなっていきました。

自分の意見など決して受け入れてもらえない環境。

それは、とても苦しいものでした。

 

なにかあると、

「誰に育ててもらっていると思っているんだ。

 嫌なら出ていけ。」

「誰の金で生活できていると思っているんだ。」

「お前なんかクズだ。」

と罵られる毎日。

 

顔色を伺いながら送る日々は、

まるで監獄にいるようでした。

 

罵られるだけなら良いですが、

デッキブラシの持ち手などの硬い棒や、

拳で殴られるときが

一番苦しく、何にもなし得ない時間でした。

ただただ耐えることしか無く、

早く期限が治って欲しいという気持ちでいっぱいでした。

 

中学校ではうまく馴染めず、

いじめにもあいましたが、

当然話を聞いてくれることもなく、

頭痛や吐き気を耐えながら通学しておりました。

 

そんな中学生のある日のこと、

とうとうメンタルの限界が来たようで、

自殺を本気で考え始めました。

どうしたら楽に死ねるのかを、必死に考えていました。

 

そんな私をつなぎとめてくれたのは、

塾で出会った親友と、中学校のある友達でした。

二人の顔がちらつき、自殺を実行できなかったのです。

 

今ではその二人に頭が上がりません。

二人はそんなこと知らないけれど、

私を救ってくれて、本当にありがとう。

 

さて、高校生になった私は

いわゆる高校デビューを果たします。

楽しい生活を送りました。

高校は、自宅から1時間半かかるところへ行きました。

自宅での時間を限りなく少なくすることにより、

自分のメンタルを保っておりました。

 

大学生になり、20歳を迎えたある日のこと、

転機が訪れます。

父に、ひょんなことから罵声を浴びせられ、

ぶん殴られたのです。

 

そこで、

「20歳にもなって、なんでこんなに

 父の言いなりにならなくてはいけないのか。」

と、はっとします。

 

そして、当時結婚を想像できていた彼氏(現在は夫)と一緒に、

同棲をしようと決断します。

ですが、まあ、そんなこと、相談しても、

許してくれるわけないことは目に見えておりましたので、

家出当日まで、何も言わず、

駆け落ちのような形で、家を飛び出しました。

 

二人で生活を始め、実家とは絶縁状態となりました。

市役所へも行き、探されないように、

手続きをしたことも鮮明に覚えています。

 

家出をしたのは、大学4年生の4月。

アルバイトをしながら、必死に生活しておりました。

友人はみんな楽しく生活しておりましたが、

私は生活をすることに必死でした。

羨ましく思ったこともありましたが、

なによりあの地獄のような日々から抜け出せたことが

とても嬉しく、幸せでした。

 

そんなある日、

若くして、帯状疱疹を患います。

症状は顔に出ていたため、

最初は口唇ヘルペスだと思っていました。

病院代も払いたくないほど逼迫しておりましたが、

様子がおかしいため、病院へ行くこととなりました。

 

もう少し遅ければ失明していたかもしれないと、

病院の先生に大変怒られました。。。

 

そんな過酷な状況でしたが、

今では、主人と二人暮らしができており、

とても幸せです。

 

地獄のような日々を送っていた私が、

このように幸せを感じられているのですから、

人生何があるかわかりませんね。

 

思ったことを、ただひたすら文字におこしていたため、

文章がメチャクチャであったと思いますが、

以上が私の過去です。

踏み込んだ内容はあまり書けなかったので、

後日、どこかをクローズアップして、

更新しようかなと思います。

 

今は適応障害となり、完治にむけ、

生活しておりますが、きっと私は幸せ者です。

いまでは、地獄のような苦しい毎日を

乗り越えてきてよかったと、心から思います。

 

これからも楽しく充実した日々が送れますように、

と、祈るばかりです。

 

そして、皆様にも、

素敵な幸せが訪れますこと、心よりお祈り申し上げます。

皆様、おはようございます。

日常のブログです。

 

本日は、気分転換がてら、

近隣の図書館へ行ってみようと思っておりますが、

まだ開館時間ではなく、

少し時間がありますので、投稿しようと思います。

 

さて、標題にもあります通り、

本日は我が家の天使について、綴ってまいります。

 

添付画像を御覧いただきますと

お分かりいただけると思いますが、

本当に可愛くて、顔も整っているのです!(親バカ)

 

この子は、8月生まれで、

先日の8月で、1歳になりました。

ブリテッシュショートヘアという猫種で、

名前は、ルナ。

 

顔がまんまるでお月さまみたいであると思い、

各国の月という意味の言葉を探し、

一番しっくり来た「ルナ」と名付けました。

 

一人遊びも大好きで、沢山走り回ります。

そして、たくさん食べ、たくさん寝ます。

 

メスですが、母猫が6kgほどの大きさであったので、

それくらいになるかなと思っております。

今は3~4kgほどですので、

まだまだ大きくなりますね、きっと。

楽しみです。

 

多くの猫種は、1年かけて大人になるといいますが、

このブリテッシュショートヘアは、

2年ほどかけて大人になるらしいのです。

不思議ですよね。

 

また、ルナをお迎えした理由が、

我ながら面白いので、ぜひお伝えさせてください。

 

主人と一緒にペットショップへ行ったある日のことです。

ガラス張りのショーケースに、小さな子猫が沢山いて、

かわいい鳴き声が響いておりました。

どの子も大変可愛く、

どの子をお迎えしようか、とても悩んでいました。

 

部屋の奥に行ってみると、

ガラス張りのショーケースではなく、

ケージに入った猫がいました。(後に我が家の猫となるルナ)

 

その猫は、ケージのあみあみの部分に、

手足を突っ込み、

ガシガシと上まで登っているではありませんか。

代わる代わるに近づいてくる人に、

「ニャーニャー」スリスリ…。

それを目にした瞬間、

「この子だ!」」と思いました。

 

友人が家に来ることもしばしばですので、

人見知りしないであろう、

そして、

天真爛漫で元気いっぱいのこの子であれば、

絶対に病気にならず、

元気いっぱいに大きくなってくれる

と、思ったのです。

 

病気をしたとしても、沢山愛する自信はありましたが、

健康に育ってくれるほど、嬉しいことはありませんから。

 

そして、我が家に来たルナ。

今ではすっかり、我が子のようです。

 

実は、お迎えする前、

主人は最初、猫反対派であったのです。

私も主人も、実家で猫を飼っておりましたので、

猫への対応等は慣れている方ではありました。

なので、主人が反対派であることを聞き、

とても不思議に思いました。

 

なにかあると、すぐに話し合いをする我が家ですので、

本件もすぐに話し合いが始まりました。(笑)

 

その結果、主人の飼いたくない理由が明らかに…。

皆さんは、理由、何だと思いますか。

 

主人の理由は、

「二人の時間がなくなってしまうから。」

でした。

 

※ここで注釈ですが、決して惚気けたいわけではありません。

 この意味の分からない発言に対して驚いた私に

 共感していただきたいのです。(大真面目)

 

その言葉を聞いて、私は拍子抜け…。

可愛らしい理由だなとも思いましたが、

何を言っているの?という感覚も多くありました。

 

猫を飼ったとしても、

人間の子どもが生まれるわけではないのですから、

時間はたくさん作れます。

それの話し合いをし、平行線になりそうであったので、

いつも通り私の強行突破。

主人とペットショップへ行き、お迎えを決めた、

という流れです。

 

今となっては、私より主人のほうが溺愛しているくらいです。

お迎えしてよかったと思っていると同時に、

親バカな私が、ただただ自己満足のために、

我が愛猫を投稿したくなった今日このごろでした。

 

ぜひ、我が愛猫をご覧いただき、沢山癒やされてくださいませ。

本日も皆様にとって、素敵の一日となりますように。