私は今21歳で、大学4年生。就活はもう終わっていて、介護職に就いた。今日、10月1日が内定式。

でも、緊張しすぎて、心が落ち着かず、すっかり寝れずに朝の4時。お腹が空いた。

私は、大学4年間は、てっきりサークルとか、バイトとか、友達関係にいそしむものだと思っていた。いわゆる、花のキャンパスライフってやつに。

でも、実際には想像とは全く違っていて、普通に大学に行って、普通に授業受けて、普通に友達はできずに、普通に一人行動が多くて、普通に興味のあるサークルがなくて無所属で過ごし、バイトは地味で、恋とかもなく、何も起きずに、過ごした。

ただ、表面上はそうだったってだけで、私の内面ではかなりの変化が起こっていた。まず、最初は人とすれ違うたび、人がたくさん視界に映るたび人見知りをすることへの罪悪感が、入学時よりかなり薄れた。今も普通に人見知りするし、私より良く喋る人にすれば私はコミュ障に映るんだろうけど、それでもいいや、コミュ障だなって思われても特に支障ないやって少し思えるようになってきた。

なんか、難聴で補聴器をしていて、それが人とはかなり違うことのように思えて、なんか周りの人との壁を感じていた。実際、みんなが何を話しているのか聞き取れず、輪に入れず、悲しみからふてくされてしまい逆にもっと仲間に入れなくなったことがたくさんある。

難聴がなくても、もとより人見知りと、何を離したらいいかわからないコミュ障があったので、本当に、この大学4年間は自分との戦いであったと思う。いかに自分が許せないか、いかに自分を許そうか、そのテーマを反復横跳びしてた。

結果的に、今の私は自分のことを許し始めている。自分って奴も悪くないなって、ようやっと思い始めることができた。

なんか、自己嫌悪が酷いあいだは、外面を重視するんだと思う。誰にどれだけよりたくさんの人に、自分を良いと思ってもらえるか、それによってしか自分の価値は決められないと思っていたし、そう信じることしかできなかった。自分で自分の存在をそのまま肯定するとか、うまくできない自分を許すとか、メンタルがしんどくなるたびにネットでそういう情報を見たけど、「何を言ってるんだろう…」ッとなることが多くて、辛かった。

自分で自分を愛したって、周りの人は愛してくれないし、こんな自分を許してくれないじゃないかって。

でも今は不思議と、周りにどう見られても、私が私のことを好きなだけで、それだけで私は幸せになれるし、なんならそれが世界のすべてだと思うようになった。私が世界をどう捉えるかが全てだなって。世界が私を悪と捉えても、私が私を善と捉えればいいよなって。

でも、これは、ちょっと数か月前までの私みたいに、自己否定という苦しみの渦中にいる人には、わかりにくい感覚だろうと思う。なんか、例えば明らか自分の能力不足とか立ち回りの下手さで周りに嫌な顔された記憶を思い出したときに、昔は「ぎゃーっぎゃーっじぶんしねっ」てなってたけど、今は違う感じ。

今は、「あ…うん…」って、しっとり落ち込めるようになった。前までは、荒ぶる感じになってたけど、それって苦しみを紛らわすための自傷行為だったんだなと思う。とにかく現実を直視しないように自分を過剰に責めることで、責められる苦しみを上にして、当時その出来事に直面した時の絶望感とか悲しみ怒りを直視しないようにしてる。

自分をむしろ守ろうとしていた感じ。

今はなんか、ネットで「自分を許そう~」的な情報をそのたびに死ぬほど閲覧してきたり、大学のカウンセリングや無料の電話相談、ネットの相談サイト、あとネット占いでめっちゃ占い師の人に話を聞いてもらったり実際会いに行ったり(占いは総額10万円はしてる)、この4年間みっちりしてたらなんかそういうことしないようになった。

でも自分をあまり責めなくなったのは、まじでここ最近。じわじわとだから、明確にここからとは言えないけど。大学4年間でじわじわと…って感じだな。

泣きながら頑張って、自分を責めたいところをこらえて優しい言葉をかけてみたり、自分の体をさすってみたり、でも辛い記憶が止まらなくて結局自分のことを殴ってしまったり。それが痛くてまた泣いちゃったり。

自分が失敗した、怒られた酷い態度を取られた、いろんな記憶があって、今でも思い出すことは結構ある。そういうときの、反応の仕方が、昔とは変わったかな。

まず、荒ぶる感情の度合いが低くて、どっちかというと切ないドラマを見たときに、「はぁ~、こんな気持ちになるなんて…切ない…」という、しんみりとした雰囲気に浸る感じになる。そのとき、「なんで私ってこうなの?」とか「相手がありえない!」みたいな、自分や人を責める気持ちは、全然湧きにくくなった。もちろんクソ腹立つ時もあるんだけど、でも前ほど感情は燃え上がっていない。

それで、切ないな~っていう感覚に素直に浸れるようになった。それは、自分にどんな出来事が起こっても、自分は常に自分が愛しているから大丈夫、みたいな、一昔前の自分には全く理解できない境地というか。昔の自己嫌悪強かった時期の自分にこれ読ませたら、「???」ってなってると思う。

なんか、そうだなあ、すぐに自分を好きになるっていうより、いろんな情報に触れたり経験を重ねる中での実感だったり、そういうのがってじわじわと、自分のこと何の取り柄もなくても好きになっていいかも、機嫌よく過ごしていいかも、過去のこと気にしなくていいかもって、思えるようになってきたんだよね。

そうすると、不思議なぐらい、人見知りやコミュ障も、なんか相変わらずあるんだけど、前はすごく死にそうな感じの態度でひいひい言いながら人前にいたのが、今はこけしとか、その辺にいる野良猫みたいな気分で、ちょっとお邪魔しますねみたいな感じで、人前にいられるようになった。つまり、あんまり人の評価を気にしなくなったってことなんだけど。

あとあるのが、「自分は宇宙人だから、一生人と分かり合えなくていいや」っていう良い意味での諦め。「人にわかってもらえないけど私は私で頑張って生きてるから大丈夫」みたいな、適当な感じ。真剣に、それが本当か、真実かを吟味することはしなくてよくて、私が何となくそう思ってるのでそういうことで、みたいな。

うーん、とにかく…「自分に優しくしょう」っていうのは、一貫して、私の中にテーマとしてあって、それをコツコツ、できるときに守り続けてきた結果が、今の私の在り方の確立になったなって思う。

最近は急に断捨離したくなって、部屋のいらないもの全部売って、部屋の模様替えして、観葉植物飾ったりカーテンの色変えたり、布団のシーツを自然素材にしたり、ふかふかの大きいラグクッション買ったり、自分の落ち着ける空間をせっせと作っている。

正直、私の話が参考になる子は限られていると思う。家庭環境が厳しい子は、他の人の体験談や話しを読むほうが参考になるかもしれない、私の場合は、なんとなく静かな機能不全家族って感じで、関りが少ないぶん愛着形成に失敗して極度の人見知りコミュ障になったんだと思うけど、殴られたり怒鳴られたりっていうのは、無いから。

今後、私も介護職をはじめるので、きっと慣れないことも多くて泣くこと多いと思う。そういう様子とか、そこからどう立ち直るかとかも、今後思い出した時に書いていけたらいいな。それまでは、このブログは止まってるかな。

最近はタロットカードを買って、自分で占ってる。スピリチュアルを信じる人も信じない人も、タロットカードは自分一人だけで考えることを止めてくれるから、おすすめかも。ぱっとカードをひいて、意味はAIに聞く。そしたら、今の私の状況を鑑みて意味を解説してくれるので、自分一人だけで考え込んで破滅的な考えしかできないよりは、ずっと心が良くなるものをくれる。

バイトに関しては、大学1年の5月から7月までレジ店員をして、周りの人とコミュニケーションに困ってミスも重なって怒られることも多くて挫折して辞めて、大学2年の5月から大学3年の6月まで別の店でレジ店員(セルフレジだったからコミュニケーションやミスが少なく済んだ)をしてやっぱり人の中にいるのが疲れて、周りの人ともなじめなくて辞めて、大学4年の5月には服をひたすら畳むだけの工場で3日働いてルールとか覚えにくいし、畳むのが遅いからもっと早くと言われてプレッシャーを感じて辞めた。

バイトは無理してやるものではないと私は思う。私はそんなにお金を使わない人なので、お金に関してもそんなに心配はしていなかった、何より実家暮らしなのもある。私よりまったくバイトをせずにいきなり働きだした先輩が、もう9年も介護職で働いているので、バイト経験が浅いというのは、なんかそんなに問題じゃないかなと思った。

まだまだ書きたいこといっぱいあるんだけど、ここまでにする。ここまで読んでくれて、ありがとう。今は元気でないかもしれないけど、いつかきっと自分に遠慮なく優しくできる日が、来ると思うよ。ここに来れたってことは、そういうこと。

この文を読んでいる君に、いつか安心できる日が来ますように。