2021年4月、実弟は亡くなった。

「危ない」となったときから

彼は治療も食事も拒否していたらしい。

死にたかったのだろう。

新型コロナの流行がまだ続いていて

しかも寺は3月4月と多忙になるので、

結局わたしは母の葬式以降、

弟と顔を合わせることがなかった。

(母の葬式より前も、25年以上会っていなかった)

 

姉の絡みはさらにひどくなった。

わたしの右乳の状態も悪化?して

乳首回りがひきつれて乳輪がかさぶた状になり、

乳首は腐り落ちるんじゃないかと思うほど下を向いた。

それでも前記事に書いた理由から医者に行かず、

痛みさえなんとかなればと

ベトネベートやデリケアを塗りたくって

1年をやりすごした。

 

身体的な痛みは

母の暴力教育のおかげで耐えられるはずだったが、

こりゃ無理だと危機感を覚えたのは今年の2月。

さらに、3月だったか4月だったかには

年金の手続き書類が年金事務所から届き、

「ああ、そんなトシまで生きてしまったか」と

思ったと同時に、

‘やりたいこと’ ‘やり残したくないこと’が

出てきてしまった。

 

なのに、このバカは年金受給の手続きもしないで、

‘やりたいこと’ ‘やり残したくないこと’にも手をつけず、

近所に増え始めた野良猫を捕まえて

避妊や去勢の手術を受けさせるべく

ネットでネコ捕獲器を買い、次々に猫を捉えては

獣医師のところに持っていきだした。

そこに加えて手術後の療養用に

二段ケージを2組買ったら予算が尽きた。

まぁ捕まえて手術できたのは

メス猫3匹(オス1匹は捉えたものの脱走)だけだけど。

(その猫たちは現在、境内をテリトリーにして、

捕獲&ケージ時代に覚えたちゅーるをねだる、

寺の外ネコになっている)

 

その後も今度は実妹の病気のことで某所から連絡がきて

姉とも相談せざるをえなくなり、

乳房をどうにかする行動は

ベトネベートやデリケアの塗りたくり以外

何もせずにきて

本日夜中の激烈な乳首痛みに至ったのである。