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にゃんブログ

転勤族の妻です。

2014年入籍
2015年挙式
2016~2018年 毎年自然妊娠&3回流産→不育症
2018年~2019年 体外受精&着床前診断を経て妊娠
2020年出産

妊娠判定陽性なので、ここからはカテゴリを変更します。

正常卵移植といえど、これまでの経験から流産のリスクが頭をよぎります。だってこれまでの流産の理由が、染色体異常が原因とは100%決まっているわけではないですし。
流産や不妊について、原因不明というのはわりと多いようです。

今わかっていること、今の現代医療で治療や予防できることはほんの一部で、それ以外はもうどうしようもない…というのが医学の限界ですショボーン
病院勤務でも感じた、医学の限界。そして虚無感。そこは受け容れないといけないんだろうな…。
猫しっぽ猫からだ猫からだ猫からだ猫からだ猫あたま

妊娠初期に職場に言うのはなんとなく遠慮がちになりますが、立ちっぱなし&屈んだり抱き上げたりと体力仕事の職業でもあるので、自分の体が優先。

心拍確認後の翌週に、施設長とメインの介護士正社員数名に言いました。

それから1ヶ月ほどしてから、全員に公表しました。皆さん、私が不妊治療中だと知っていたので(詳細までは話していませんが)、とっても喜んでくれました照れ

37歳と35歳の正社員さんが、日々のリーダー業務をすることが多く、どちらも子持ちの人です。

妊娠出産にまつわる話を色々と教えてくれましたニコニコ

ちょうどその頃は、悪阻がきつくなってきていたのでゲロー、とても励まされました。(がっつり3ヶ月間は続きました…)

吐いたのは1回ですが、常に船酔い二日酔い状態…。
普通の二日酔いなら、食べなきゃ良くなるけども、悪阻は食べないと余計に悪化するだけ…。

食べられるものは旬のフルーツ、栄養補助食品のみ。
たまーに「これは食べれるかも?」というものにもチャレンジしますが、たいてい半分も食べられませんでした。

テレビCMや街の看板に映る食べ物の映像に吐き気が込み上げること多数。
「一日でいいから代わってくれ〜」と主人に泣きついた日も。
また、犬並みの嗅覚になり、ほぼすべての匂いが変!
常にマスク二重で過ごしました。
喉にビー玉が挟まっているようで、薬やサプリが喉を通らなくなくなることも…えーん

その場合、苦いけど粉砕したり、優先順位を決めたりしながら、一日かけて飲みました…。
悪阻で3kgは痩せました。

とはいえ、点滴が必要になるほどではなく、そこは助かりました。

職場の人が悪阻だった時期は、ビニール袋に吐きながら上の子供を保育園に連れていき、運転中にも吐きまくり、点滴を受けたり、早産で6ヶ月から出産まで入院したり。

また別の人は、20代なのに高血圧で内服治療して出産後もずっと降圧剤を継続していたり(体は細身)、出産時に大量出血して、市立病院から大学病院まで救急搬送されたり…チーン

そんな話を聞かせてくれて、妊娠の合併症に対する怖さを理解してくれているので、みんな無理はさせないようにしてくれます。

仕事中は基本的に座らせてくれています。

少しでも力がいる仕事をしようとすると(ついクセで…)、すぐに走ってきて代わってくれます。

本当にありがたいえーん

病棟勤務の時も妊婦さんにそうしてあげたかったけど、仕事内容柄、力仕事なしにするのは難しくて。
それもあって、看護師は切迫早産の診断率が高いです。

現在はいわゆる安定期に突入して、妊婦生活も半分を折り返しました。
だいぶお腹も出てきて、あっという間に出産の日が近づきそうです。

年末年始あたりが予定日なので、無事に出産までたどり着いたらいいな…ニコニコ

今日はまとめて2年の日々を記録しましたが、このブログをこまめに記録するかどうかはわかりません。
また無事に生まれてから書くのもいいなぁニコニコと。

次に、不妊治療、胚精密検査、不育症対策の費用面について記入してから、一旦休憩しようかなと思います。
冬に引っ越して、それから子宮鏡検査をしたり、またTSHやビタミンDの再検査をしたところ、ビタミンDだけが引っかかり、移植保留…ショボーン

ま、引越したばかりだし、周りの環境にも慣れたいし、すぐに妊娠できるかわからないので、とりあえず職探しをしました。

体外受精や胚精密検査も高額ですが、不育症対策もかなりお金がかかります笑い泣き

引越しにあたって、家電の買い替えやリサイクル費、大型家具の廃棄など、お金がたくさん出ていきました。

主人からは、「会社からは引越し準備費用として、基本給の1ヶ月分が支給されるよー」と聞いており、主人の会社は年俸➗12ヶ月なので、ボーナス分を除外した基本給とは違って、わりと多め!?と喜んだのもつかの間…、支給額が増えることで控除額もグッと引き上がりましたガーン(しかも予想以上に…)

引越し費用が出るだけでもありがたいのですがね。

北陸ではあまり看護師求人がなくて、看護師は飽和状態…ってほどでもないのですが、まぁ足りてるようです。人口が少ないこと、共働き率が日本一であること、人の入れ替わりが少ないことなどが理由です。

県内の看護学生さんでさえ、成績が良くないと県外の就職を勧められるほど、就職先がないんですってガーン
都会に比べるとお給料も少ないですしね…

でも関西に戻ってきたら、求人枠は増えます。

その中で、家から徒歩20分、駐車場も1日200円で停められるデイサービスを発見。
しかも週2回~勤務OKとのこと。
看護師の求人だと、週4~5日勤務以上っていうところも多いので(いや…そんなに働くならもう正社員になるでしょ…っていう)、これなら治療にも差し支えなく融通がききそうと面接に挑みました。

本当は、不妊治療のことは言いたくなかったのですが、週2回という勤務は理由が必要なもので…ショボーン
子育てしてもいないのに週2回?っていうのが世の常。(個人の自由だと思いますがねー)

面接時には経験年数による時給計算などもしてもらい、1日6時間、月8日でということになりました。(扶養範囲内の上限です)

なんせデイサービスは看護師1人体制なので、急に休むことはできません。
事前に言っておけば、他の関連施設から看護師を出してもらえるようですが、他の関連施設の看護師はそのデイサービスのシステムを知らないので、最低限(異常の早期発見や急変の対応など)しかできませんから、なるべく休むわけにはいかないのです。

デイサービスの看護師は2人で(週3回の人と、週4回の人)、ちょうど1人退職するところでした。

ナイスタイミングで就職出来て良かったです。
ひとつ難をあげるとすれば…建物がめっちゃ古いことニヤニヤ
これまでは2000年前後に建て直した病院等でしか働いたことがないので、これは…滝汗と思ったのですが、とりあえず水場は改装しているのでいっかー…と。贅沢言えないです。

鹿の国は、歴史ある土地であり、新興住宅地以外は古い町並みや狭い道が多いです。
あまり新しい建物もないし、仕方ない。

医療センターなどは新しいですが、夜勤ありの正社員しか募集していなかったです。

何かを得ると何かを妥協しなくてはいけないものですね。

そしてうまくスケジュールも合ったので、初めての移植をしました病院
そこからは毎週のように病院に通うことになります。
もちろん自費診療です。そのたびに不育症対策の薬なども購入し、毎回3~4万円は飛んでいきました札束
就職したものの、2週分程度しか稼げないガーンしかし少しでも収入を得られて、新しい人間関係も築けて、地域の情報も聞けて…
良い部分を見つめつつ、仕事に慣れることに努めました。

運の良いことに、職員さんはみんな優しくて、個人的に揉め事も一応あるそうですが、普段は協力体制をもって仕事ができている職場だなというのが感想。

どんなにお給料が良くても、人間関係が悪いのは一番苦痛ですからね。

そして移植から2週間後、判定日となりました。
結果は陽性ニコニコ

正常卵だけど…どうなるかな…と思いつつ、陽性を貰えたのはラッキーでしたニコニコ
採卵したのが年末、なんと年明けに転勤が決まり、バタバタと引越しの準備に入りましたキョロキョロ家

次の場所は念願の関西です!
と言っても大阪ではなく、鹿のいる県ですニコニコ

病院にも通いやすくなるし、実家にも近くなる。友達とも日帰りで会える!帰省費が安くなる!

ウッキウキですルンルン

引越しの猶予は2ヶ月ぐらいあるのですが、前年の冬、135cmほど雪が積もったので、真冬になる前に一刻も早く引っ越したかった笑い泣き(平成30年度豪雪というやつです)

雪の重みで潰れた家があったり、胸の高さまで雪が積もっていたので、もうどうやって生きていけばいいのか…雪だるま
近くのスーパーに物資が届かず、ガソリンも売り切れ、あちこちで車がスタックしていました…

雪国は大変ですえーん私はそのとき、無職だったので(治療のために)、仕事に行かなくても良かったですが、主人や友達は仕事に行かなきゃいけなくて。

救急や病院や役所以外は休もうよ!と思うのですが、本社が東京の会社などはこんな状況がわからないようで、普通に納期の催促が来たりしたそうですチーン

そしてこんな危ないのに、徒歩で通勤する県民たち…。5時間徒歩で通勤した話とかが美化されてますポーン
危ないって!
案の定、側溝に落ちたり、川に落ちたりと、亡くなる人が連日報道されていました。

静岡出身の友達は、スタックしたけどもうどうしようもなくて、途中で車を置いて帰らざるを得なかった。あちこちに、諦めて車を置いて帰る人が続出。

そして次の日に仕事に歩いて行ったらコケて両足が内出血で、派手な紫色に!
泣きながら電話がかかってきて、「明日雪が積もったら、もうこの土地を捨てて静岡に帰る(旦那さんも放置)」と宣言…ショボーン

主人の会社の後輩(独身女性)も、「もう仕事辞めて神奈川に帰る」と退職宣言…ゲッソリ

もう県内すべて病んでましたねー。
記録用に、その時の写真を載せます。

東京に雪が数cm積もっただけで、一日中大騒ぎするのに…人口の違い、交通網の違いでこんなに違うのか…そりゃみんな都会に出たくなるわ…てかさ、毎年「雪に慣れない東京では事故多発…」みたいに言ってますが…そろそろ慣れましょう。スタッドレスタイヤ以外は運転禁止!スノーブーツ以外は歩行禁止!真顔


バス停が埋まってます

屋根から垂れ下がる雪(落ちてきたら生き埋め…)

向こう側に行けない…

雪の話が長くなっちゃった!てへぺろ

あまりにも理不尽な状況でしたのでね…。自衛隊が出動したり、除雪車の方が仕事中に過労で亡くなったり…

そんなこんなで、また今冬もあんな豪雪に当たったら大変。引越しどころではなくなる!1月中に引っ越さなきゃ!となって、移植は後回しです。

引越し先の不動産屋さんに見に行き、物件はスムーズに決まり、72平米の2LDK、シャーメゾンの新築2階部分になりました。

家賃は10万円ちょっと。そのうち7万円ほど会社が負担してくれます。ニコニコ

引越し業者とのすったもんだや、お世話になった人へのご挨拶、バイト先との調整(最後の半年は某パン屋でバイトしていました!看護師よりはシフト調整がしやすかったので)などで多忙でした。

さらに、引越しを翌週に控えた頃、年末から入院していた祖母が亡くなりました…

入院して3週間、静かに息を引き取りました。93歳まで生きてくれて、最後の方は軽い認知症もあったけど、排泄や食事は自立しており、本当に家族に負担をかけずに旅立ちました。

あまり長期入院すると、関節拘縮したり、認知症が進んだり、そういうリスクの方が上がりますし、92歳を超えたあたりから食事量も減り、身体的になんとなくしんどいと訴えており、検査しても明らかな問題はなかったけど、やはり少しずつ老衰していっていたようです。

娘(私の母)たちと暮らせて、きっと安心して旅立てたと思います。

当初は喪失感があって、何度か泣いてしまいましたが、最期まで立派に生き抜いたなぁと、我が祖母ながら尊敬します。

お通夜やお葬式でバタバタして、このあたりの記憶は薄いですね。

母たちがいたから冷静に進められたけど、両家の祖父母が亡くなった今、次は何十年後かであってほしいけども、親の番、つまり我々が喪主になる番なんだな…とプレッシャーがショボーン

なるべく長生きして欲しいですニコ